残滓ざんし)” の例文
旧字:殘滓
しかもけっして既成きせいつかれた宗教しゅうきょうや、道徳どうとく残滓ざんしを、色あせた仮面かめんによって純真じゅんしん心意しんい所有者しょゆうしゃたちにあざむあたえんとするものではない。
ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓ざんしを洗って、まるで新しい鉱石のように、美しく作者の前に、輝いているではないか。……
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
残して行った文化の残滓ざんしやら人心の悪気流やら政治の組織やらも、義仲の神経をひどく翻弄ほんろうしたり疲らせもしたのである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その辺に彼の「唯物論」の限界が指摘され、初期ナロードニキー思想の残滓ざんしたる生物学的社会観の依然たる持主として非難される立派な根拠がある。
経験とは要するに私の生活の残滓ざんしである。それは反省——意識のふりかえり——によってのみ認識せられる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ちょうどわれわれの影が日に向かってはとらえがたい蒸発を示すように。われわれの言葉の揮発性の真実は、残滓ざんしのような陳述の不備を絶えず曝露すべきである。
その残滓ざんしが今も尚存在し、今度はかえって、日本の近代文芸の取材の行詰りをきたし、世界的な文芸衰微と合流して、芸術小説の不振を招く結果になったのである。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
君達の思想にコビリ付いている先人の残滓ざんし、例えば、かわず飛び込む水の音とか、日ねもすのたりのたりかなとか、そういった月並な考え方はみんな出尽くしてしまって
けれども、これは、いずれの先駆者にも除き尽すことの出来ない古い物の残滓ざんしである。
世間に或る力をもっていて研究者みずからにおいてもその思想を幾らか曇らせていた固陋な考えかたの残滓ざんしがなおどこかにこびりついているために、それにわずらわされもしようし
これらは多くの場合直ちに訂正されるからできあがったものには痕跡こんせきを現わさないはずであるが、それでも時には見のがされた残滓ざんしらしいものが古人の連句にもしばしば見いだされる。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これは封建時代の悪い面の残滓ざんしであり、そういう残滓を温存することによって、社会を暗くしている点が、相当ある。そしてこういう風潮の基盤をなしているものについては、あまり考えない。
無知 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓ざんしを洗つて、まるで新しい鉱石のやうに、美しく作者の前に、輝いてゐるではないか。……
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
熟睡した後の頭脳あたまは、流れこむように耳の穴から入る無数のうぐいすの声と朝の風に洗われて、たった今、この世に誕生したような明るさであり、なんのつかれも残滓ざんしもなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう旧思想の残滓ざんしなるアルコール的な陶酔は見るべき由もなく、その芸術境はラテン人的で、ドイツ系ヴァイオリニストのごとき野性を欠くが、極めて純粋であり、その技巧は
さすがに、自若じじゃくとして、左右をしずめたが、おおい得ないものは、感情の残滓ざんしである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)