“板木(はんぎ)” の例文
父はすぐその手桶に嘉永四年云々と書き認めていた。その時俄に邸内が騒がしくなって、火の見櫓(やぐら)で鐘と板木(はんぎ)とあえ交(ま)ぜに叩き出した。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
手錠をはめられ板木(はんぎ)を取壊(とりこわ)すお上(かみ)の御成敗(ごせいばい)を甘受していたのだと思うと、時代の思想はいつになっても、昔に代らぬ今の世の中
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
先見の明は、奇禍を以て酬(むく)いられたり。彼は蟄居(ちっきょ)申し附けられたり、彼の『三国通覧』『海国兵談』はその板木(はんぎ)さえも取り上げられたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
こんな意味のことが、少したど/\しい文章で、板木(はんぎ)で印刷された物の本のやうな、行儀の良い克明さで書かれて居るのです。
行って見ると、京都の五条家からは奉納の翠簾(すいれん)が来てる、平田家からは蔵版書物の板木(はんぎ)を馬に幾駄(だ)というほど寄贈して来てるというにぎやかさサ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この時も板木(はんぎ)へ彫ったその判断書(はんだんがき)を駿河半紙へ刷っていたが、万年屋の出かけた後で、女房は独り沈みこんでしまって、何か考えては溜息を吐いていた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「かん、かん、かん。」初三つ四つは緩く、中程は急調に、終りは又間のびた拍子で、板木(はんぎ)の音が鳴つて来た。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
毎日四時過ぎになると、前の銭湯の板木(はんぎ)の音が、静かな寒い茅葺(かやぶき)屋根の多い田舎の街道に響いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
板木(はんぎ)を敲(たた)く音。バケツを打ち鳴らす音。人々は叫び合った。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それを見ると著者の毅堂は罰せられずして板木(はんぎ)を摺(す)ったものが過料に処せられている。『温古新聞記』の録する所嘉永四年辛亥二月二十四日の条に曰く
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あわただしく板木(はんぎ)がなるとつづいておこるホラ貝のひびき、半鐘の乱打、わめきたてる人ごえ、まさに牢番同心の連中は縄をといて、きゅうを囚獄与力石出帯刀(いしでたてわき)につげ
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
わが物書くべき草稿の罫紙(けいし)は日頃暇(いとま)ある折々われ自らバレン持ちて板木(はんぎ)にて摺(す)りてゐたりしが、八重今は襷(たすき)がけの手先墨にまみるるをも厭(いと)はず幾帖(いくじょう)となくこれを摺る。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さしずめ唯今板木(はんぎ)に取りかかっております『田舎源氏』の三十九篇、あれはいかが致したもので御座りましょうか、いずれ船中で御ゆるり御相談致したいと存じております。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
薗八節稽古本の板木(はんぎ)は文久(ぶんきゅう)年間に彫ったものだ。お半は明治も三十年になってから後に生れた女だ。稽古本の書体がわからないのはその人の罪ではない。町に育った今の女は井戸を知らない。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その『詩聖堂集』第三集の板木(はんぎ)がまさに彫刻の半であった事を知り得た。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三年(西暦一七四二年あるひは三年)奥村政信の門人西村重長(にしむらしげなが)、一枚の板木(はんぎ)にて緑色(りょくしょく)及び紅色(こうしょく)二度摺の法を案出するや、浮世絵はここに始めて真正なる彩色板刻の技術に到達するを得たりしなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)