旅舎やどや)” の例文
旧字:旅舍
しまひには、あの蓮華寺のお志保のことまでも思ひやつた。活々とした情の為に燃え乍ら、丑松は蓮太郎の旅舎やどやを指して急いだのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
三方岡をめぐらし、厚硝子ガラスの大鏡をほうり出したような三角形の小湖水を中にして、寺あり学校あり、農家も多く旅舎やどやもある。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「宿屋つて、どうせ彼方あつちへ行つちやさう好い旅舎やどやなんかねえさ、泊るぐれえなことは出来るけえど」
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
知らぬ土地の旅舎やどやで一人ぽつねんとしているってことは寂しいことだ。僕は何だか、とんでもないところに来たような気がするほど寂しい。寂しい。だから君にはがきを書く。
旅からのはがき (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
かれは其処から一里に近い田舎町の旅舎やどや昨夜ゆうべわざ/\やつて来て宿を取つてゐたのであるが、その出した名刺を見た村長は、にはかに言葉を丁寧にして、紳士の綺麗な顔を恐る/\見た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
波の音が耳について、山から行った人達は一晩中ろくに眠られなかった。海の見える国府津の旅舎やどやで、達雄夫婦は一緒に朝飯を食った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうして三吉はた名古屋行の汽車に揺られて行くように成ったのである。彼が森彦の旅舎やどやへ着いたのは、日暮に近い頃であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
東京から押掛けて行くと、丁度叔父は旅舎やどやの裏二階に下宿していて、相携えて人を訪ねたり、松島の方まで遊びに行ったりした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その手紙には、自分は今旅舎やどや住居ずまいの境遇であるから、式に出ることだけは見合せる、万事兄上の方で宜敷よろしく、三吉にも宜敷、としてあった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
間もなく勉は旅舎やどやの方へ戻って行った。三吉は勉の子供へと思って、土産みやげにする物を町から買求めて来た。それを持って妻の前に立った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「鈴木さんはまだ旅舎やどやに逗留して居るんださうだなあ。あんなに長くなるんなら、叔母さんの生家さとへ紹介して遣るんだつた。」
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
秤を腰に差して麻袋をしょったような人達は、諏訪すわ、松本あたりからこの町へ入込んで来る。旅舎やどやは一時繭買まゆかいの群で満たされる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その反対の側に腰掛けた三吉は、丁度家を探し歩いた帰りがけで、用達ようたしの都合でこの電車に乗合わせた。彼は森彦の旅舎やどやへも寄る積りであった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青森から先の航海が絶えて居るや否やは東京の旅舎やどやでも解らない。兄も久し振で逢ひに来て、気を着けて行けと言つて呉れた。定期船は出るらしい。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とは言ひ乍ら、さびれた中にも風情ふぜいのあるは田舎ゐなかの古い旅舎やどやで、門口に豆を乾並べ、庭では鶏も鳴き、水をかついで風呂場へ通ふ男の腰付もをかしいもの。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
聞いて見ると細君は東京の家へ、蓮太郎と弁護士とは小諸の旅舎やどやまで、其日四時三分の汽車で上田を発つといふ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
私達が着いたと聞いて、仕立屋の親類に成る人が提灯ちょうちんつけて旅舎やどやへ訪ねて来た。ここから小諸へ出て、長いこと私達の校長の家に奉公していた娘があった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
妹のお牧はお新と一緒に翌日あくるひ着いた。夕方には二人とも山本さんの旅舎やどやで、お牧の方は流行おくれの紺色のコオトを脱ぎ、お新の方は薄い鼠色のコオトを脱いだ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
寒い方からやって来たお新は暖国らしい空気を楽しそうに呼吸した。彼女は山本さんと一緒に、明るい日あたりを眺めながら、停車場前の旅舎やどやの方へ歩いて行った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
信州の方へ度々手紙をよこした未知の若い友は、その人の友達と二人で旅舎やどやに私を待つて居て呉れた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
芝居見物の晩から、お新もお牧に随いて山本さんの旅舎やどやの方へ一緒に成った。いよいよ女連おんなれん郷里くにへ向けてつという日には、山本さんは朝から静止じっとしていなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青い深い海が斯の旅舎やどやの二階から見える。「ごめ」が窓の外に飛んで居る。港内に碇泊する帆船の帆柱が見える。時刻さへ来れば、私は函館行の定期船に乗込むことが出来る。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
やがて、三人は口笛を吹き吹き一緒に泊っている旅舎やどやの方へ別れて行った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)