話が前後したが、成島柳北なるしまりゅうほくの『柳橋新誌りゅうきょうしんし』の第二篇は、明治七年に出た。これは柳暗りゅうあんのことを書いたものである。その他に『東京新繁昌記とうきょうしんはんじょうき
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
夜目にも薄白く沢村田之助きのくにやそっくりの美しい顔立ちを嬉しく浮き上がらせている女は、成島柳北なるしまりゅうほくが「柳橋新誌」に艶名えんめいを謳われた柳橋のおいと
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
成島柳北なるしまりゅうほくが仮名まじりの文体をそのままに模倣したり剽窃ひょうせつしたりした間々あいだあいだに漢詩の七言しちごん絶句をさしはさみ、自叙体の主人公をば遊子ゆうしとか小史とか名付けて
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人と成って後確堂公かくどうこうと呼ばれたのはこの人で、成島柳北なるしまりゅうほくの碑の篆額てんがくはそのふでである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
れは時の陸軍の将官を勤め、ごくの西洋家で、或日あるひその人の家に集会をもよおし、客は小出播磨守こいではりまのかみ成島柳北なるしまりゅうほくを始め、そのほか皆むかしの大家と唱うる蘭学医者、私とも合して七、八名でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
新聞界の大元老である「朝野新聞」の成島柳北なるしまりゅうほくを中心とする革新的ジャーナリズムが次第に大隈の政治的意見に接近してくる頃には、小野の周囲には八方から有能な青年があつまってきた。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
あなどり切っていきなり玄関から応接を頼むと、東京では成島柳北なるしまりゅうほく時代に現われた柳橋やなぎばし年増芸者としまげいしゃのようなのが出て来て、「御紹介のないお客さまは」と、きわめてしとやかに御辞退を申し上げる。
これはそう細いという方でもないが、何処どこ成島柳北なるしまりゅうほくの感化を思わせる心の持方で、放肆ほしいまま男女おとこおんな臭気においぐような気のすることまで、包まずおおわずに記しつけてある。思いあたる事実こともある。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
建碑について尽力した人のおもなるものは、その時には既に世を去っていた成島柳北なるしまりゅうほくと今日なお健在の富商大倉某らであった事が碑文に言われている。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
頭も尻尾しっぽもないような物だった。その頃は新聞に雑録というものがあった。朝野ちょうや新聞は成島柳北なるしまりゅうほく先生の雑録で売れたものだ。真面目な考証に洒落しゃれが交る。論の奇抜を心掛ける。句の警束をねらう。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)