ほしいま)” の例文
お島は長いあいだの経過を考えて、何の温かみも感ずることのできないほしいままな兄との接触に、失望したように言出した。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
或は又凡てをれ凡てを抱いて、飽くまで外界の跳梁ちょうりょうに身を任かす。昼には歓楽、夜には遊興、身を凡俗非議の外に置いて、死にまでそのほしいままな姿を変えない人もある。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一千万を三乗した数とは一の下にれいを二十一付けた莫大ばくだいなものである。想像をほしいままにする権利を有する吾々われわれもこの一の下に二十一の零を付けた数を思い浮べるのは容易でない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かならずしもつとむるとにはあらねど、夫の前にはおのづから気の張ありて、とにかくにさるべくは振舞へどほしいままなる身一箇みひとつとなれば、にはかものう打労うちつかれて、心は整へんすべも知らずみだれに乱るるが常なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
奢をほしいままにせば熊掌ゆうしやうの炙りものもくらふに美味よきあぢならじ、足るに任すれば鳥足てうそくの繕したるも纏ふに佳衣よききぬなり、ましてやつたのからめる窓をも捨てゞ月我をとむらひ、松たてる軒に来つては風我に戯る
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
予が学び知るところまた自ら経験せるところを以てすれば、屁とかしゃくりとかいうものはこれをほしいままにすれば所を嫌わず続出し、これを忍べば習い性となって決してにわかに出て来るものでない。
ほしいままな圧制を
ピアノ (新字旧仮名) / 三富朽葉(著)
健三の申出もうしでは細君の父によって黙って受け取られた。そうして黙って捨てられた。彼は眼前に横暴をほしいままにする我子を見て、何という未来の心配もいだいていないように見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
教授の講義はろくに聴きもせず、手当り次第に一人ひとりぼつちの乱読をほしいままにしたときですら、書物から得る凡ての知識は、みな此普魯西中心の国家といふ大理想を構成するために利用されたのである。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)