怡々いい)” の例文
満腹の饒舌にょうぜつろうして、あくまでこの調子を破ろうとする親方は、早く一微塵いちみじんとなって、怡々いいたる春光しゅんこううちに浮遊している。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不孝の子は、ただ慈父これをあわれみ、不弟の弟は、ただ友兄これをゆるす。定省ていせい怡々いい膝下しっかの歓をつくあたわず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
穏やかな老人の言葉と怡々いいたるその容に接している中に、子路は、これもまた一つの美しき生き方には違いないと、幾分の羨望せんぼうをさえ感じないではなかった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「春光怡々いいたるこの閑かな日に、何ゆえに花は心ぜわしく散るか!」落花を惜しむ心を花に投げかけて心ぜわしくと感ずることは『万葉』の歌人のなし得ないところであった。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
克勤の民意をかくの如くなりしかば、事をること三年にして、戸口増倍し、一郡饒足じょうそくし、男女怡々いいとして生をたのしみしという。克勤愚菴ぐあんと号す。宋濂そうれん愚庵先生方公墓銘文ほうこうぼめいぶんあり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼女は怡々いいとして、二人の寵臣の二重の懇願に口説き落とされた。御前に召し出されたラレイは、御機嫌麗わしく迎えられながら、再び親衛隊司令として働くがよいとの仰せをこうむった。
朝から晩まで、しんに朝から晩まで、小供等を対手に怡々いいとして暮らしてゐる。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あんずるに視覚を失った相愛の男女が触覚しょっかくの世界を楽しむ程度は到底われの想像を許さぬものがあろうさすれば佐助が献身けんしん的に春琴につかえ春琴がまた怡々いいとしてその奉仕を求めたがいむことを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私の言葉の命ずるままに彼らは怡々いいとして従った。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)