心持ここち)” の例文
可笑おかしな事申すやうではあれど色々の男と寝たことある私、つひにない事、はつと思つて手を引き候とたん何とも申さうやうのない心持ここち致し
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
沢は此方こなた側伝かわづたひ、鍵屋の店をなぞを見る心持ここち差覗さしのぞきながら、一度素通すどおりに、霧の中を、翌日あす行く方へ歩行あるいて見た。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのうち自分は何か重い重いある物を胸にかかえているような心持ここちがして、そのまま足を運ぶことはできなくなって、自分はなお深い呼吸をいくたびか続けてから
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
歌麿は、夢に夢見る心持ここちで胸を暗くしながら、家主の指図に従って、落度のないように支度を整えると、人に顔を見られるのさえ苦しい思いで、まず自身番まで出向いて行った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
今さら何をする気分もないのでひたすらにボンヤリしてゐると、ただ重く、ただ暗闇が詰まつてゐて、溜息の洩らしやうもないのである。いつもながら、気を失つてしまふやうな心持ここちがしてゐる。
籠勝こもりがちな道子は面白いものを見もしききもしするような、物珍らしい、楽しみな、時めくような心持ここちもして、早や大巌山がほろに近い、西草深のはずれの町
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御幣ははるかに、不思議に、段々みぎわを隔るのが心細いようで、気もうっかりと、紫玉は、便たより少ない心持ここちがした。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御幣ごへいはるかに、不思議に、段々みぎわへだたるのが心細いやうで、気もうっかりと、紫玉は、便たより少ない心持ここちがした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
軒下の身を引く時、目でひきつけられたような心持ここちがしたから、こっちもまた葭簀越よしずごしに。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は思わずあと退さがった。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持ここちがした。気のまよいと思ったが、実はお悦が八郎をひっぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助がけて通った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)