彼方此方あつちこつち)” の例文
検死事件で一寸手離されず、彼方此方あつちこつちへと駈走つて居たが、やうやく何うにかなりさうになつたので、一先ひとまづ体を休めに帰つて来たとの事であつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼方此方あつちこつちの隙間から、白い眼で見送つたり覗いたりするのが、とげでも刺されるやうに、敏感な平次に感ずるのでした。
先年オスカア・ワイルドが巴里パリーの汚い宿屋で窮死した時も、その後二三ヶ月経つてから彼方此方あつちこつちの町でワイルドを見掛けたといふ人がちよい/\あつた。
道子が彼方此方あつちこつちとウロウロしてゐるのを、彼は見ない振をして、傍の飾り箱に見入つてゐた。その中には剃刀とか小さな鏡や美爪具などがならべてあつた。
凸面鏡 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
お房は、更に其處らを片付け始めた。周三は此の間、お房の邪魔じやまにならぬようにと氣をつかツて、彼方此方あつちこつちと位置を移しながら、ポンとして突ツ立ツていた。が、不愉快だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ふと蘿月らげつなにかそのへんに読む本でもないかと思ひついて、箪笥たんすの上や押入おしいれの中を彼方此方あつちこつちのぞいて見たが、書物とつては常磐津ときはづ稽古本けいこぼん綴暦とぢごよみの古いものくらゐしか見当みあたらないので
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「文壇電話」といふ綽名あだなをつけた人がある。彼方此方あつちこつちと喋り歩いて、忽ち噂を廣げるといふ意味なのださうだ。時には本屋の番頭らしい事がある。時には役者の男衆らしい事もある。
それを厭がつてみのるは自分で本などを賣つて來てから、高價たかい西洋花を買つて來て彼方此方あつちこつちへ挿し散らしたりした。然うしたみのるの不經濟がこの頃の義男には決して默つてゐられる事でなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
駅員えきゐんくろく、すら/\と、あめしづく彼方此方あつちこつち
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
佐渡屋は無氣味に鎭まり返つて奉公人達は彼方此方あつちこつちにひと塊りになり、半分は眼顏で話して居りました。
流石さすがは露伴だ!』といふ声が彼方此方あつちこつちから聞えた。それにも拘らず、露伴は五六囘で筆を絶つて、飄然として、赤城あかぎの山中に隠れた。『伽羅枕』は百囘近く続いた。
紅葉山人訪問記 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
彼方此方あつちこつちを捜し廻るのが、とゞのはては京都にある夫人のもとへ、電報で葉巻を催促をする。
かれ等は達磨のやうに彼方此方あつちこつちに転つたり、帯をつかまへて引張り合つたり、一つにかたまつて馬乗になつてゐるその大将を上から引摺り下したりなどしてゐた。誰も全く何も知らずにゐた。
花束 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
といふのは、氏は何よりも夜が好きなので、いつも夕方になると、ナハチガルのやうに、ふらりと巣を飛び出したまゝ、明方近くまで彼方此方あつちこつちを枝移りして飛び歩くのが癖になつてゐるからだ。
正午ひる近くなると、豆腐屋の声が彼方此方あつちこつちに聞えた。
紅葉山人訪問記 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)