広茫こうぼう)” の例文
広茫こうぼうたる一面の麦畑や、またその麦畑が、上風うわかぜに吹かれてなみのように動いている有様やが、詩の縹渺ひょうびょうするイメージの影で浮き出して来る。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
太陽の光を浴びちょうの群れ飛んでる広茫こうぼうたる地面を四角に切り取っている大きな黒壁の神秘な魅力、それらのものに著者の心はひかれていた。
稲田、福原をあわせて何千石という広茫こうぼうな青田をわたって来るすず風が、絶えず、この僧俗一如いちにょの家庭を清新に洗っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り返って見ると富士の山は、広茫こうぼうたる裾野の空高く、巨人のように立っている。厳かではあるが険しくはない。それは君子の姿である。じっと甚太郎を見送っている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
地球の両半球をわかつ広茫こうぼうたる海原は、人生行路に横たわる一ページの白紙のようなものだ。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
まず、その手初めが“Ser-mik-suahセル・ミク・シュア”グリーンランド中部高原の北緯七十五度あたり、氷河と峻険と猛風雪と酷寒、広茫こうぼう数百の氷河を擁する未踏地中のそのまた奥。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
クリストフはその岸も際限もない広茫こうぼうたる鳴り響く海原のうちに迷い込んだ。
あるとき北原武夫がどこか風景のよい温泉はないかと訊くので、新鹿沢しんかざわ温泉を教えた。ここは浅間高原にあり、ただ広茫こうぼうたる涯のない草原で、樹木の影もないところだ。私の好きなところであった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
広茫こうぼう無限な大自然の偉力に対して、さしもの英傑豪雄の徒も人間の小ささを、父祖代々生れながらに、知りぬいていた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしながら海は、一の広茫こうぼうとしたながめにすぎない。無限に、つかみどころがなく、単調で飽きつぽい景色を見る。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
すると広茫こうぼうたる平原へ出た。その平原の遥か向こうに、一帯の湖水が見えていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
よしんば内部なかが、「冥路の国セル・ミク・シュア」をふくむ広茫こうぼうの未踏地とはいえ、沿岸を占めれば自然奥地も領地となる——国際法には奥地主義の法則がある。それでは、先占云々うんぬんの余地は完全にないではないか。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一日私は広茫こうぼうたる水田のほとりへ辰夫を訪れた。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
広茫こうぼうたる平原の向うに、地平をぬいて富士が見える。その山麓さんろくの小家の周囲を、夏の羽蟻はありが飛んでるのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
さなきだに、この辺は、赤城颪あかぎおろしの蕭殺しょうさつたる風土と人心を、あるがままにしている坂東ばんどう平野の広茫こうぼうなのだ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
広茫こうぼうとした穂蓼の草原が、遠く海のように続いた向うには、甲斐かいの山脈が日に輝き、うねうねと連なっている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかも、この広茫こうぼうな大地は、さながらそのまま行道を待つ絶好な道場であり、また鍬と土には、必ず開墾が生じ、その余恵は、幾百年の末まで、幾多の人間を養うことにもなる。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詩という言語を拡大して、こんな風にまで広茫こうぼうとひろげて行ったら、遂に詩の外延は無限に達し、内容のない空無の中でノンセンスとして消滅せねばならないだろう。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかも工事の督励とくれいは急速を極めて、夜も日もあったものでなく、起工以来まだ一年にも満たないまに、湖畔こはんの一丘には大体その骨組を完成し、広茫こうぼうな桑田や畑は、新しい城下町と化していた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)