天保銭てんぽうせん)” の例文
旧字:天保錢
ベンチに大きな天保銭てんぽうせんの形がくっつけてある。これはいわゆる天保銭主義と称する主義の宣伝のためにここに寄附されたものらしい。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その人がそでを出して、しきりに何か催促するじゃありませんか。栄吉さんもしかたなしに、天保銭てんぽうせんを一枚そのたもとの中に入れてやりましたよ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その四十両はおろか、近頃は、天保銭てんぽうせん一枚、自由にならない。金さえ持たせなければと——父も叔父もしめし合っているらしい。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中味を棄てて輪廓だけをたたみ込むのは、天保銭てんぽうせんを脊負う代りに紙幣をふところにすると同じく小さな人間として軽便けいべんだからである。
イズムの功過 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その、誰にも言うな、と堅く口留くちどめをされた斉之助せいのすけという小児こどもが、(父様とっさま野良のらへ行って、穴のない天保銭てんぽうせんをドシコと背負しょって帰らしたよ。)
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金モールの参謀肩章を肩に巻き、天保銭てんぽうせんを胸に吊つた佐官が人力車で校門を辞した後姿を見送つた時、さすがに全校のどんな劣等生も血を湧かした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
天保銭てんぽうせんの出来た時代と今と比べると、なんでも大変に相違しているが、地理でも非常に変化している。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
彼女は一生懸命におぜぜ必用ひつようと、物品購買のことを説ききかせて、こういう細長い、まん中に穴のあいているのが天保銭てんぽうせんで、それに丸いので穴のあいてるのを一つつけると
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
天保銭てんぽうせんがまだ通用していたゆえかも知れません。うす暗いカンテラの灯の前に立って、その縁日玩具をうろうろとあさっていた少年時代を思い出すと、涙ぐましいほどに懐しく思われます。
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
天保銭てんぽうせんといえば今でも少々頭の足りない人間を連想する。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
だれかが試みに一銭銅貨と天保銭てんぽうせんを出して、どちらでもいいほうを取れと言ったらはっきりと天保銭を選んだといううわさがあった。
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
して見ると彼の眼は彼の心の象徴で、彼の心は天保銭てんぽうせんのごとく穴があいているから、彼の眼もまた天保銭と同じく、大きな割合に通用しないに違ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「土肥、さっきの財布、見せろ。いくらある。どうせ、天保銭てんぽうせんか、台場銭だいばせんはしただろうが、飲むに都合がある」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、別に可恐おそろしい化方はしませぬで。こんな月の良い晩には、庭で鉢叩はちたたきをして見せる。……時雨しぐれた夜さりは、天保銭てんぽうせん一つ使賃で、豆腐を買いにくと言う。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)