唖々ああ)” の例文
永く永くとまって居たが、尾羽で一つ梢をうって唖々ああと鳴きさまに飛び立った。黄いろい蝶の舞う様に銀杏の葉がはら/\とひるがえる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
つい下のえのき離れて唖々ああと飛び行くからすの声までも金色こんじきに聞こゆる時、雲二片ふたつ蓬々然ふらふらと赤城のうしろより浮かびでたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
なかばは亡友唖々ああ君が深川長慶寺裏の長屋に親の許さぬ恋人と隠れ住んでいたのを、其折々尋ねて行った時よんだもので、明治四十三四年のころであったろう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こうは、ただ、唖々ああ唖々ああと、腑抜ふぬけみたいに、手を振って、よろめき歩いた。一山の騒動はいうまでもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廟の傍の林には数百の烏が棲息せいそくしていて、舟を見つけると一斉に飛び立ち、唖々ああとやかましくさわいで舟の帆柱に戯れ舞い、舟子どもは之を王の使いの烏として敬愛し
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
井上唖々ああ氏等二三子を除く外は、誰も先生に親炙しんしゃすることが出来なかつたから、そのために尚私は遠慮勝ちになつたのだが、小山内氏の場合は大いに事情が違つてゐた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お杉はこう言って空を仰ぐと、その頭の上を驚かすように、からすの群が唖々ああと過ぎて行く。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
湿うるめる眼をしばたたきて見かえれば、そよ吹く風に誘われて、花筒にはさみたる黄と紫の花相乱れて落ちぬ。からす一羽、悲しげに唖々ああなきすぐれば、あなたの兵営に喇叭らっぱの声遠く聞ゆ。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
陰欝いんうつ唖々ああと鳴き交すその声は、丘の兵舎にまで、やかましく聞えてきた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
黒衣の新夫婦は唖々ああと鳴きかわして先になり後になりうれえず惑わずおそれず心のままに飛翔ひしょうして、疲れると帰帆の檣上しょうじょうにならんで止って翼を休め、顔を見合わせて微笑ほほえ
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
或人の話に現時操觚そうこを業となすものにして、その草稿に日本紙を用うるは生田葵山いくたきざん子とわたしとの二人のみだという。亡友唖々ああ子もまたかつて万年筆を手にしたことがなかった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今日は三発とも的に当てたので、得意になって、四発目に裏山のもみの枝にたかっていたからすに覘いを定めて切って放つと見事に失敗しくじって、鴉は唖々ああとも言わず枝をはなれてしまったから
寂しそうな烏が、此かしの村から田圃を唖々ああと鳴きながら彼けやきの村へと渡る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
八百屋やおやでお聞下さい。天気がよろしく候故御都合にて唖々ああさんもお誘い合され堀切ほりきりへ参りたくと存候間御しる前からいかがに候や。御たずね申上候。もっともこの御返事御無用にて候。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)