唐本とうほん)” の例文
由雄はその時お延から帙入ちついり唐本とうほんを受取って、なぜだか、明詩別裁みんしべっさいといういかめしい字で書いた標題を長らくの間見つめていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは十二三冊の小さな黄表紙きびょうし唐本とうほんで、明治四十年ごろ、私は一度浅草の和本屋で手に入れたが、下宿をうろついている間に無くしたので、この四五年欲しいと思っていた。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
例えば私の名を諭吉と云うその諭の字は天保五年十二月十二日の、私が誕生したその日に、父が多年所望しょもうして居た明律みんりつ上諭条例じょうゆじょうれいと云う全部六、七十冊ばかりの唐本とうほん買取かいとって、大造たいそう喜んで居る処に
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この列仙伝は帙入ちついり唐本とうほんで、少し手荒に取扱うと紙がぴりぴり破れそうに見えるほどの古い——古いと云うよりもむしろ汚ない——本であった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
廊下づたひに中庭なかにはして、おくて見ると、ちゝ唐机とうづくえまへすはつて、唐本とうほんてゐた。ちゝは詩がすきで、ひまがあると折々支那人の詩集をんでゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
洋書というものは唐本とうほんや和書よりも装飾的な背皮せがわに学問と芸術の派出はでやかさをしのばせるのが常であるのに、この部屋は余の眼を射る何物をも蔵していなかった。ただ大きな机があった。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
久しぶりに父母ちちははの顔を見に帰ったお延は、着いてから二三日にさんちして、父に使を頼まれた。一通の封書と一帙いっちつ唐本とうほんを持って、彼女は五六町へだたった津田のうちまで行かなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)