印半纒しるしばんてん)” の例文
前に立つのは、印半纒しるしばんてんに、鼠羅紗ねずみらしゃの半ズボン、深ゴム靴、土木請負師うけおいしといった風体ふうてい、だが、こんな老いぼれ請負師ってあるものだろうか。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一人は五月代さかやきの肥えた男で、洗いざらしの印半纒しるしばんてんで作った長半纒を着、尻切れ草履をはいていた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二子ふたこの柄もしまもわからぬ腰卷の上に、ヨレヨレの印半纒しるしばんてんを引つかけて、猫の百ひろのやうな三尺帶、髮はほこりだらけで、蒼黒く痩せた顏は、この世の者とも思へぬ凄まじさです。
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
鉄橋を潜ると、左が石頭せきとう山、俗に城山である。その洞門のうがたれつつある巌壁がんぺきの前には黄の菰莚むしろ、バラック、つるはし、印半纒しるしばんてん、小舟が一、二そう、爆音、爆音、爆音である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
印半纒しるしばんてんを着た威勢のいい若い衆の二、三人が詰めていて、糸目を付けるやら鳴弓うなりを張るやら、朝から晩まで休みなしに忙がしい。その店には、少年軍が隊をなして詰め掛けていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うち定紋じょうもんを染出した印半纒しるしばんてんをきて、職人と二人、松と芭蕉ばしょうしもよけをしにとやって来た頃から、もなく初霜はつしもひる過ぎから解け出して、庭へはもう、一足も踏み出されぬようになった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
いろんな人がやってくる。近くのバタ製造所の技手、印半纒しるしばんてんを着た男、コール天のズボンをはいた男、などが通りがかりにひょっこり入ってきて、三十分も一時間も坐りこんで話してゆく。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
と折から印半纒しるしばんてんを着て手甲てっこうめた女に呼びかけられたのである。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「近藤さん、これがあなたの分です。ここで着更えをして下さい。あなたは印半纒しるしばんてんの職人になるのですよ。僕はその親分の請負師うけおいしという訳です」
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古びた印半纒しるしばんてん股引ももひき、緒のゆるんだ草鞋わらじを素足にはいていた。——この店には女けはなかった。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いいえ、別に見覚えはございませんが、やっぱりいつもの様に印半纒しるしばんてんを着た汚ない男でございました」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
勘定日の夕方だから客が混んでいて、その中に一人、重吉の眼をく男があった。年は四十五、六だろう、くたびれた印半纒しるしばんてん股引ももひきで、すり切れたような麻裏をはいている。
ちゃん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丁度彼の前にあったのは、一人の醜い一寸法師の娘が、印半纒しるしばんてんを着て、鉢巻はちまきをして、手踊りを踊っている絵であったが、その娘の厚ぼったい唇が、遠くの街燈の光を受けて、薄気味悪く笑っていた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)