にお)” の例文
毒がいは毒飼で、毒害はかえってアテ字である、其毒飼という言葉が時代のにおいを表現している通り、此時代には毒飼は頻々として行われた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さっき「何をあやまるのだい」と云って笑った時から、ほんのりと赤くにおった頬のあたりをまだ微笑ほほえみの影が去らずにいる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それからその日の光に蒸されたせいか、壺にさした薔薇ばらの花も、前よりは一層重苦しく、甘いにおいを放っていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある花咲きにおうもののある所へ、逃げ込んで行こうとするのが、目の前に見えて来る。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
四つの時絶間なく咲きにおへり。
橄欖かんらんの花のにおいの中に大理石を畳んだ宮殿では、今やミスタア・ダグラス・フェアバンクスと森律子嬢もりりつこじょうとの舞踏が、いよいよ佳境に入ろうとしているらしい。……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
午後二時というに上野をでて高崎におもむく汽車に便たよりて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中まちなかの塵埃のにおい、うまくるまの騒ぎあえるなど
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
僕は石原の目をかすめるように、女の顔と岡田の顔とを見較みくらべた。いつも薄紅うすくれないにおっている岡田の顔は、確に一入ひとしお赤く染まった。そして彼は偶然帽を動かすらしくよそおって、帽のひさしに手を掛けた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
いたての髪をにおわせた美津は、きまり悪そうにこう云ったまま、ばたばた茶の間の方へ駈けて行った。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
フランツが二度目に出掛けた頃には、巓という巓が、藍色あいいろに晴れ渡った空にはっきりと画かれていた。そして断崖だんがいになって、山の骨のむき出されているあたりは、紫を帯びたくれないにおうのである。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まるで磨ぎすました焼刃やきばにおいを嗅ぐような、身にしみてひやりとする、と同時にまた何となく頼もしい、妙な心もちが致した事は、先刻もう御耳に入れて置きました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は折々書見の眼をあげて、この古ぼけた仏画をふり返ると、必ずきもしない線香がどこかでにおっているような心もちがした。それほど座敷の中には寺らしい閑寂の気がこもっていた。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもあの平太夫へいだゆうが、なぜか堀川の御屋形のものをかたきのように憎みまして、その時も梨の花に、うらうらと春日はるびにおっている築地ついじの上から白髪頭しらがあたまあらわして、檜皮ひわだ狩衣かりぎぬの袖をまくりながら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
少しも取乱した御容子ごようすを御見せにならず、ただ、青ざめた御顔を曇らせながら、じっと大殿様の御枕元へ坐っていらしった事を考えると、なぜかまるでぎすました焼刃やきばにおいでもぐような
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)