余熱ほとぼり)” の例文
旧字:餘熱
下宿ではみんなが寝静まっていた。長い廊下を伝うて、自分の部屋へ入ると、戸を閉めきった室内には、まだ晩方の余熱ほとぼりが籠っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四国西国で賭試合の小屋がけをつづけ、各所で得た悪銭を懐にして、もう余熱ほとぼりも醒めた頃と、再び江戸へ帰ってくる途中であった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今では余熱ほとぼりが冷めてホテルのダンス場も何カつきぶりかで再び開かれたが、さしもに流行したダンス熱は一時ほどでなくなった。
母親はまださっきの驚きと激怒の余熱ほとぼりの残っているように、くどくどと一つことを繰り返していっている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
けだし、尋ねようと云う石田の宿所は後門うらもんを抜ければツイ其処では有るが、何分にも胸に燃す修羅苦羅しゅらくらの火の手がさかんなので、暫らく散歩して余熱ほとぼりを冷ます積りで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それ等の無気味な尾行者? を思出して余熱ほとぼりの冷めるまで引籠っている事にした。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
母「フーム、少し余熱ほとぼりさめるとすぐに持った病が出ます、二の腕の刺青ほりものを忘れるな」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
素脚で地べたに立つてゐる私のあしのうらに、まだそこばく残つてゐた真夏の汗臭い余熱ほとぼりを一気に跳ね飛ばされて、初秋の溌剌たる健かさと明徹な冷つこさとが、そこらにふりかかるやうに感じたものだ。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
一つには与惣次失踪から足のつくことをおそれて、与惣次の内輪話を資本に、頭を剃って夢物語に箔を付け、女房の一筆と高飛の路銀を持って余熱ほとぼりの冷める両三日をと次郎兵衛店に寝に来たところを
そこらが薄暗くなっているのに気がつくと、笹村はマッチをってランプをけて見たが、余熱ほとぼりのまだめない部屋は、息苦しいほど暑かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それはご潔癖もちと強情に過ぎはしませんか。しばらくここの余熱ほとぼりをさまし、周囲のおちつきを見とどけてから、世間へお帰りある方が、諸事、無難でございましょうに」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
部屋にはまだ西日の余熱ほとぼりが籠っていて、病人のようないらいらしい一ト夜が、寝苦しくてしかたがなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先刻さっき出て行ったままに、鏡立てなどが更紗さらさきれけた芳村の小机の側に置かれて、女の脱棄てが、外から帰るとすぐ暖まれるように余熱ほとぼりのする土の安火あんかにかけてあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)