仄々ほのぼの)” の例文
そうして実に不思議なことには、どこからか光が射して来ると見えて、仄々ほのぼのとした薄明うすあかりが蛍火のように蒼白く、窟内一杯に充ちている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
びちょびちょの外便所のそばに夕顔が仄々ほのぼのと咲いていた。母は二階の物干で行水ぎょうずいをしていた。尾道は水が不自由なので、にないおけ一杯二銭で水を買うのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その、いかにも窮屈気な胸の膨らみ、まろく駛り落ちる腰の曲線——それは葉子のそれのように、胸を締つける力ではなかったけれど、仄々ほのぼのと匂う生の美であった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼の前には仄々ほのぼのと白っぽく、将軍邸の水浴小屋と、小橋の欄干に掛けてあるシーツが浮んでいた。
接吻 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
御堂みどう犬防いぬふせぎが燦々と螺鈿らでんを光らせている後には、名香のけぶりのたなびく中に、御本尊の如来を始め、勢至観音せいしかんのんなどのおん姿が、紫磨黄金しまおうごんおん顔や玉の瓔珞ようらく仄々ほのぼのと、御現しになっている難有ありがたさは
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
源之丞はやはりうずくまっていた。悪の灯が仄々ほのぼのと背を照らした。トコトコトコトコと滴たる音。岩槽いわぶろへ落ちる水であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
与平は仄々ほのぼのといい気持ちに酔って来た。やがて隆吉が戻って来るという事が少しも不安でなくなり、慰めでさえあるような気がした。早く逢いたいと思った。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
王朝風の彫刻をもったどっしりした椅子卓子テーブルが、ただ投出すように置いてある、そして、それらを広東更紗カントンさらさ電燈笠シェードから落ちる光りが、仄々ほのぼのと浮出さしているのであった。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
有髪うはつの僧はこう云って、庄三郎を凝視した。遅い月はまだ昇らず、「聖壇」は仄々ほのぼのと暗かった。微風が四辺あたりを吹いていた。月の出の前の微風である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ゆき子は、その冷い医者の手の感触をいつまでも忘れなかつた。最初の恋のやうな仄々ほのぼのした気持ちであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
やがて蒼空があかねのためになんとなく紫がかって来、水蒸気が仄々ほのぼのと裏の森から流れ出て来ると、夕食の鐘が、きょう一日、何事もなかったかのように、私のところにまで響き伝わって来た。
門がピッタリ閉ざされていた。屋根の上に仄々ほのぼのと、綿のようなものが集まっていたがどうやら八重桜の花らしい。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
絶望だの、何だのと云つたところで、かうした転換法さへ心得てゐれば、すぐ、目のさきの気分は一転して、人間はたのしくなり、一時しのぎの気持ちにもなるのだつた。仄々ほのぼのとして来た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
花は枯れてからも風情ふぜいのあるもので、曾宮一念そみやいちねん氏が、よく枯れた花を描かれるけれども、枯れた花の美しさは、仄々ほのぼのとしていて旅愁がある。女の枯れたのも、こんなに風情があるといいなと思う。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
と紋太夫は、思わず歓喜の声を上げ、忙がしく四辺あたりを見廻すと、石畳の外れた跡の穴から、仄々ほのぼの射し込む光に照らされ、朦朧もうろう四方あたりは明るかったが、見れば自分のすぐ側に一人の男が立っている。
退屈して、富岡は映画館を出たが、まだ四囲は仄々ほのぼのと明るかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
雨戸の隙から明けの微茫が蒼く仄々ほのぼのと射している。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鍵の穴から仄々ほのぼのと、菫色すみれいろの火光が射して来た。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雪明りで仄々ほのぼのとわずかに明るい。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)