一返いっぺん)” の例文
「今になおったらもう一返いっぺん東京へ遊びに行ってみよう。人間はいつ死ぬか分らないからな。何でもやりたい事は、生きてるうちにやっておくに限る」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは他人ひとを彼らと同程度に引きり落して喝采かっさいするのみか、ひとたび引き摺り落したものを、もう一返いっぺん足の下まで蹴落けおとして、堕落は同程度だが
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう一返いっぺん最初から読み直して見ると、ちょっと面白く読まれるが、どうも、自分が今しがたはいった神境を写したものとすると、索然さくぜんとして物足りない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
次の日曜になると、宗助は例の通り一週に一返いっぺん楽寝らくねを貪ぼったため、午前ひるまえ半日をとうとうくうつぶしてしまった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時の私がもしこの驚きをもって、もう一返いっぺん彼の口にした覚悟の内容を公平に見廻みまわしたらば、まだよかったかも知れません。悲しい事に私は片眼めっかちでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうか、それじゃおおせに従って、もう一返いっぺん頼んで見ようよ。——時に何時かな。や、大変だ、ちょっと社まで行って、校正をしてこなければならない。はかまを出してくれ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭脳が比較的明暸めいりょうで、理路に感情をぎ込むのか、または感情に理窟りくつわくを張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知しないし、また一返いっぺん筋道が付くと
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ええそりゃそうよ、約束ですもの。一返いっぺん断ったけれども、模様次第では行けるかも知れないだろうから、もう一返その日のひるまでに電話で都合を知らせろって云って来たんですもの」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのか一返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわした上調子うわちょうしに見えて来る。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼が一秒で十年以上の手柄てがらをするのは、その時に限るのよ。しかもそんな場合は誰だって生涯しょうがいにそうたんとありゃしないわ。ことによると生涯に一返いっぺんも来ないですんでしまうかも分らないわ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この漆はね、先生、日向ひなたへ出してさらしておくうちに黒味くろみが取れてだんだんしゅの色が出て来ますから、——そうしてこの竹は一返いっぺん善く煮たんだから大丈夫ですよなどと、しきりに説明をしてくれる。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)