見界みさかい)” の例文
宗近の言は真率しんそつなる彼の、裏表の見界みさかいなく、母の口占くちうら一図いちずにそれと信じたる反響か。平生へいぜいのかれこれからして見ると多分そうだろう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
八代海はすでになかば以上ぼかされてかすみと海の見界みさかいはつかない。この霞の海の荘厳さはこれを何にたとえよう。それはただ一抹いちまつにぼかされた霞の海であるだけではない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
作者が初め父太兵衛の口より平常ふだんはかういふ家業の者にも似合はず理窟をいつてもっともらしいが、酒を飲むと人の見界みさかいがなくなるから禁酒をさせ居るといふ筋を利かせ
ひとえに譃を商売にしているからばかりではない、その言っていることでも、その所作にも、何処までが真個ほんとうで何処までが譃なのか譃と真個との見界みさかいの付かないような気持をさする女性おんなだった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それに非常に人懐こくて、門前を通掛りの、私のような犬好が、気紛れにチョッチョッと呼んでも、すぐともう尾をって飛んで行く。してうちへ来た人だと、誰彼たれかれ見界みさかいはない、皆に喜んで飛付く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
見界みさかいなく、すべての人を貨物同様に心得て走るさまを見るたびに、客車のうちにめられたる個人と、個人の個性に寸毫すんごうの注意をだに払わざるこの鉄車てっしゃとを比較して、——あぶない、あぶない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)