蒼穹そうきゅう)” の例文
長い年月をへだてて振り返って見ると、かえってこのだらしなく尾を蒼穹そうきゅうの奥に隠してしまった経歴の方が興味の多いように思われる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
駿河のくにへはいったのは十月はじめのよく晴れた日で、すでに雪を冠った富士山が、蒼穹そうきゅうをぬいてかっきりとそびえたっているのがみえた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
花は蒼穹そうきゅうを呼吸し、自動車は薫風をつんざいて走り、自動車に犬が吠え、犬は白衣びゃくえの佳人がパラソルを傾けて叱り、そのぱらそるに——やっぱり日光がそそぐ。
上の方のがけぎわの雑木に茱萸ぐみが成っていて、はぎすすきい茂っていた。潮の音も遠くはなかった。松の枝葉をれる蒼穹そうきゅうも、都に見られない清さをたたえていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あのように純一な、こだわらず、蒼穹そうきゅうにもとどく程の全国民の歓喜と感謝の声を聞く事は、これからは、なかなかむずかしいだろうと思われる。願わくは、いま一度。
一灯 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、そこに新生した蒼穹そうきゅうは、全く旧態をやぶったすがただった。白髪白髯はくはつはくぜんの博識たちがあっとおどろいているうちに、山から山へ、いつの間にか脈々たる黄道こうどうにじが横たわっていた。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
蒼穹そうきゅうを、あの永遠のおしの少女の、美しい瞳を仰ごう。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
あの蒼穹そうきゅうの彼方へりゆくのだ
先駆者 (新字新仮名) / 中山啓(著)
その隣には寂光院の屋根瓦やねがわらが同じくこの蒼穹そうきゅうの一部を横にかくして、何十万枚重なったものか黒々とうろこのごとく、暖かき日影を射返している。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、平面と呼ぶべくそれはあまりにでこぼこして、汽車を迎えるためにかれた小さな水たまりが、藁屑わらくず露西亜ロシア女の唾と、蒼穹そうきゅうを去来する白雲はくうんの一片とをうかべているだけだった。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
この雑誌の読者は、すべてこれから文学を試み、天下に名を成そうというわば青雲の志を持って居られる。いささかの卑屈もない。肩を張って蒼穹そうきゅうを仰いでいる。傷一つ受けていない。無染である。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)
歓声、灼熱、陽炎かげろう蒼穹そうきゅう