粗壁あらかべ)” の例文
寝間の粗壁あらかべを切抜いて形ばかりの明り取りをつけ、藁と薄縁うすべりを敷いたうす暗い書斎に、彼は金城鉄壁の思いかで、こもっていた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
というよりはむし粗壁あらかべのままで——ちょうど今時、屯田兵とんでんへいの宿舎や、ドイツ人の移民の住居に建てられているような家だ。
壁と言ったところでほんの粗壁あらかべ、竹張の骨へあしを渡して土をぶつけただけでまだ下塗りさえ往っていないのだが、武家長屋の外壁だから分が厚い。
裏門を過ぎると、すこし田圃たんぼがあって、そのまわりに黄いろい粗壁あらかべの農家が数軒かたまっている。それが五条ごじょうという床しい字名あざなの残っている小さな部落だ。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
粗壁あらかべ守宮やもりのように背中を張り付け、正面に、梁から、ダラリと人形芝居の人形のように下がり、尚グルグルと廻っている、典膳とお浦との体の横手から、こわそうに頼母を見詰めた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
虫の啼く、粗壁あらかべの出た、今一軒の家には老夫婦が住んでいた。じじい老耄ろうもうして、ばばあは頭が真白であった。一人の息子が、町の時計屋に奉公していて、毎月、少しばかりの金を送って寄来よこした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
室町むろまち以来、一戦また一戦あるごとに、おびただしい不純が純の中へ割りこんで来て農村の姿を殺伐化さつばつかしたが、そのすさびきった時流の底にも、古来からの農は、依然粗壁あらかべの中に貧しい燈を細々ととぼして
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
廂ふかく陽の照るとなき粗壁あらかべの枯桑のかげは映るともなき
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
上塗りのしてない粗壁あらかべは割れたり落ちたりして、外の明りが自由に通っている。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
粗壁あらかべに影して低き草庇いまも山家は貧しかるなり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
粗壁あらかべとひとつの切窓きりまどがあるだけだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)