矢面やおもて)” の例文
野に鳥を追い、山に獣を狩り立てた。さすがに鳥獣は、国主の出猟であるがために、忠直卿の矢面やおもてに好んで飛び出すものはなかった。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
矢面やおもての犠牲者と見えたが、柳下父子を初めとして、法螺忠や金蔵の悪評は、桜の時分に此処ここに私たちが現われると直ぐにも聞いたはなしで
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「あっ——」と、二人は矢面やおもてから飛び別れて。「小僧ッ、なにをしやがる! てめえは身投げをする気でいたのとは違うのか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、地方の教会や講社から集まって来る書類は机の上に堆高うずだかいほどあって、そこにも彼は無数のばからしくくだらない質疑の矢面やおもてに立たせられた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
矢面やおもてに立った紳士は、少なからず迷惑そうであったが、つい立去るしおを失って、そのまま聞き役を勤めた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かう云ふ人情の矢面やおもてには如何いかなる芸術至上主義も、提燈におしなさいと云ふ忠告と同様、き目のないものと覚悟せねばならぬ。我我は土砂降どしやぶりりの往来に似た人生を辿たど人足にんそくである。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自分が矢面やおもてに立つて攻勢の先手をうつか、どちらかに肚を決めるつもりであつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
この場合、茂太郎は、自分を当面に出さないで、学者を矢面やおもてに立たせました。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兄を攻撃するのもうそではなかったが、矢面やおもてに立つ彼をよそにしても、背後に控えているあねだけは是非射とめなければならないというのが、彼女の真剣であった。それがいつの間にか変って来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
周泰はふなべりの陰にひたと身を伏せたまま、矢面やおもてをくぐって敵艇へ寄せて行ったが、どんと、船腹と船腹のあいだに勢いよく水煙があがったせつなに、おうっと一して、相手の船中へ躍りこみ
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一通りの挨拶あいさつが終わった後、荘厳な御殿はたちまち滑稽こっけいの場所と変わった。一行は無数のばからしくくだらない質問の矢面やおもてに立たせられた。たとえばヨーロッパにおける最新の長命術は何かのたぐいだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
俊助は冗談じょうだんのように野村の矢面やおもてに立った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)