案山子かがし)” の例文
案山子かがしだと言われた久延彦くえびこすなわちアイヌの男子が、足は行かねどもことごとく天が下の事を知ると言われた事にも思い合されるのである。
ただ幾人かの老案山子かがしどもが、二十年前に芸術や政治上の一流新進者を気取っていた者どもが、同じ贋物にせものの顔つきで今日もまだいばっています。
「……ふざけやがって。ようし、わが輩をこんな所の案山子かがしに使おうというなら、おれの起居にも干渉はさせんぞ。そんなら、いッそ気楽でいいが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ソメすなわち山田の案山子かがしを田から迎えて来て、屋敷の片隅の静かな場所で、または内庭にうすをすえて、焼餅を供え御祭をする風習が、つい近い頃まではあった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
人間は、これ程の災厄を、愚な案山子かがしのように突立ったぎりでは通すまい。灰の中から、更に智慧を増し、経験によって鍛えられ、新たな生命を感じた活動が甦るのだ。
私の覚え書 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今日きょうは雲のゆきき早く空と地と一つになりしようにて森も林もおぼろにかすみ秋霧重く立ちこむる野面のづらに立つ案山子かがしの姿もあわれにいずこともなく響くつつの音沈みて聞こゆ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
蝙蝠こうもりのごとき者ども、半ば盗賊であり半ば従僕である者ども、戦争と呼ばるる薄明りが産み出す各種の蝙蝠、少しも戦うことをしない軍服の案山子かがし、作病者、恐るべき跛者
船に酔ったものがおかあがったあとまでも大地を動くものと思い、臆病に生れついたすずめ案山子かがしを例のじいさんかと疑うごとく、マクベスを読む者もまた怖の一字をどこまでも引張って
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蘆のかれ葉に霜のみ冴ゆる古宅の池も、かけひのおとなひ心細き山したいほも、田のもの案山子かがしも小溝の流れも、須磨も明石も松島も、ひとつ光りのうちに包みて、清きは清きにしたがひ
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
然うして後から私も化け込んで、見え隠れに附けているとも知らず、此女こいつとお前さんは道連れに成って仲好くして、縺れぬばかりに田圃路を歩きなすった。案山子かがしまで見て嫉妬いていたじゃあないか
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
盗んだる案山子かがしかさに雨急なり
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
たんぼの案山子かがしもとんからこ
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
久延毘古は山田の曾富騰そほとだとあって、それを案山子かがしの事だと解しているが、仮りにこの解を正しとして、童話的に動物や非情の物品が物言う筋の語り言として見ても
もしアダマストール(訳者注 ヴァスコ・ダ・ガマの前につっ立ったという喜望峰を守っている巨人)が彼らに現われたとしても、彼らは言うであろう、「おやあ、案山子かがしめが!」
文学界の流行となってるそれらの大きな案山子かがしのうちに、フランソアーズ・ウードンという女優がクリストフの注意をひいた。彼女はようやく一、二年前からパリーでもてはやされてるのだった。
笠は、天蓋てんがいではない、当りまえの竹の子笠である、尻切れ草履をびたびたって、雨さえ降らなければ、町へ行乞ぎょうこつに出かけるのだった。案山子かがしが歩いているように、鼻下のひげまでがみすぼらしい。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此谷を一人守れる案山子かがしかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
案山子かがしの友は雨蛙などならばこそあれ、そこへ蟾蜍を引き出す事も不自然と謂わねばならぬ。
御室田おむろだに法師姿の案山子かがしかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
稲刈りて残る案山子かがしや棒のさき
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)