悚然しょうぜん)” の例文
ただ、机の前の壁に、細い紙片かみきれが貼りつけてあった。丈八は、何気なくその文字を見て、悚然しょうぜんと、もいちど両掌を合せて伏し拝んでしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがその刑罰の有様が如何にも真にせまって、る者をして悚然しょうぜんたらしめたので、その後ち禁を犯す者が跡を絶つに至ったということである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
なお拡大して云えばこの場合においては諧謔その物が畏怖いふである。恐懼きょうくである、悚然しょうぜんとしてあわはだえに吹く要素になる。その訳を云えばずこうだ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の話を聞くと共に、ほとんど厳粛げんしゅくにも近い感情が私の全精神に云いようのない波動を与えたからである。私は悚然しょうぜんとして再びこの沼地の画を凝視ぎょうしした。
沼地 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人気ひとけのない天鵞絨の部屋から、大時計の十二点鐘が響いて来た時、人々は例によって、悚然しょうぜんとして立ちすくんだ。楽師達は突如として弾奏の手をやめた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時次郎 (悚然しょうぜんとして佇む)おや、人声がするぞ。(外をのぞく)ちょッ、来やがった。おかみさん。三蔵さんの髪の毛を切った、持って行くのだ。逃げ出すんだ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
しかし、彼等の不安の一番深い根を探る時、彼等をして闇々の中に悚然しょうぜんとして脅かしているものは、寧ろモウ一つの不安、即ちそれらの失敗がもたらすところの経済的不安である。
「壇」の解体 (新字新仮名) / 中井正一(著)
その歪めた口辺を掠めた影は、思わず友太の背すじを悚然しょうぜんと撫でたほど気味悪かった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊落らいらくなる男子も慚愧ざんきに堪えざるのみならず、これは世教せいきょうのために大変なりとて、自ら悚然しょうぜんたることならん。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
陛下も悚然しょうぜんとして御容おんかたちをあらため、列座の卿相皆色を失ったということである。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
もう、なんにも、あなたに言いたくなくなって、ぼんやり、一等船室の大広間に足をみ入れると、悚然しょうぜん、頭から水を掛けられたようなショックを受け、絨毯じゅうたんのうえに身が釘付くぎづけになりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
例の連中は昨夜の時間より、やや早気味はやぎみにすでに玄関のを開けようとしている。試みは失敗らしく、数分間は静寂せいしゅくうちに流れた。ルパンがさすがに手を引いたなと思う瞬間、悚然しょうぜんとして戦慄した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
その瞬時真白なる細き面影を一見して、思わず悚然しょうぜんとしたまわんか。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バチスタ 誰かよく彼の知識の前に悚然しょうぜんたらざるを得るか。
今考へると私は悚然しょうぜんとせざるを得ない。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
われを疑うアーサーの前に恥ずる心は、疑わぬアーサーの前に、わが罪を心のうちに鳴らすが如く痛からず。ギニヴィアは悚然しょうぜんとして骨に徹する寒さを知る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを目に見、耳につたえて、悚然しょうぜん、自分をいましめない兵はなかった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞く者悚然しょうぜんとしてた一言を発せず。
故社員の一言今尚精神 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)