庖厨かって)” の例文
お高の眼は物置と庖厨かっての間になった出入口へ往っていた。と、十七八の色の白い小生意気に見える小厮こぞうが土蔵の鍵を持って来た。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
玄関と庖厨かっての入口を兼ねた古風な土間へおり、そこにあった藤倉草履ふじくらぞうり穿いて、ばったの飛ぶようにぴょいぴょいと裏口から出て往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お作は旅僧を案内して庖厨かっての土間へ入った。旅僧はずだ袋の中から赤い小さな紙片を二三枚出して、何か唱えながらそれを地炉の火に入れた。
妖怪記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小三郎は養父の二七日ふたなぬかの日になって法事をしたところで、翌朝六つ時分になって庖厨かってに火をく者があった。それは五十ばかりの女であった。
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庖厨かっての方に明るい処があった。藤枝は不審に思って入って往った。宵に締めてあった裏口の雨戸がいて月がしていた。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
食卓ちゃぶだいの上には微暗い電燈がさがっていた。主翁はその電燈のたまをちょと見たあとで、右側をちらと見た。そこには庖厨かっての方へ出て往く障子があった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女房は鬼魅きみわるくなって、金を持ったまま後すざりして庖厨かっての方へ引込んで往ったが、こわくて脊筋から水でもかけられたようにぞくぞくして来たので
海坊主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
谷のむこうの畑へ往っていて微暗くなって帰り、庖厨かっての土間へ足を踏み入れてみると、形の朦朧とした小坊主が火のついた木の枝を持って立っていた。
妖怪記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
某日あるひお岩が庖厨かっての庭にいると、煙草屋たばこや茂助もすけと云う刻み煙草を売る男が入って来た。この茂助はお岩の家へも商いに来ていたのでお岩とも親しかった。
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
広巳は肆の者には眼もやらないで、肆の左側の通りぬけになった土室どまを通って往った。そこに腰高障子が入っていて、その敷居をまたぐと庖厨かってであった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
伯父さんがさきにたって歩くと父親は後から踉いて来た。二人は暗い中を庖厨かっての方へ往って其処から裏口へ出たが、二人はもう黙りあって何も云わなかった。
餅を喫う (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
侍は庖厨かっての方へ往って、其処から庭におりて手水ちょうずをつかい、それが済むとそのあたりの戸を静に静に開けたが、女は疲れているのか起きて来る容子がなかった。
花の咲く比 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お菊さんは庖厨かっての出入口の前のテーブルにつけた椅子に腰をかけていた。出入口には二条ふたすじの白い暖簾のれんがさがって、それがあい色のきものを着たお菊さんの背景になっていた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、朝になってみんなより早く起きた老婆が庖厨かって口の戸を開けてみると、簷下のきしたに一ぴきの獣が死んでいた。老婆の声を聞きつけて新三郎も起きて来た。獣は狐であった。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
伯父さんはやっとこさ起きあがって、暗い中をさぐりさぐり庖厨かっての方へ往って土間へおり、足でさなずって下駄と草履をかたかたに履いて、其処の戸を放して裏口へ出た。
餅を喫う (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庄屋は此の畜生、おれの女房をなぐさむつもりかも判らないぞと、外から縁側へあがって庖厨かっての障子の破れから覗いて見ると、狸は女房と話をしておる。其の時女房は狸に
怪談覚帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お菊さんは庖厨かっての方へ往こうとしたが、学生やお幸ちゃんに顔を見られるような気がした。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お袖は直助にせまられても与茂七のかたきが見つかるまではと云って夫婦にならずにいるところであった。お袖はやがて夕飯の準備したく庖厨かってへ往った。直助は其の間に質屋へ往くべく門口へ出た。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老婆はあがって餅の椀を持って次の室へ往き、其処の仏壇に供えて、庖厨かってへっついの前へ戻り、肥った体を横坐りにして、茶釜から冷たい茶を汲んで飲んだ。腓の張りは何時の間にか忘れていた。
地獄の使 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その後で老婆は新一と庖厨かってで午飯をった。新一は飯を喫いながら云った。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ろくろく睡りもせずに夜の明けるのを待ちかねていた新一は、往来で馬のいななく声や人の話声がしだすと寝床を出て庖厨かっての戸を開けた。夜はもうきれいに明けて庭には露がしっとりとおりていた。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼女はお茶を一ぱい飲んでちょっと休み、それから夕飯の準備したくにかかろうと思って、庖厨かっての庭から入り、上にあがろうとすると、椀へ入れたきびの餅が眼にいた。黄色な餅の数は五つばかりあった。
地獄の使 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庖厨かっての方で飯の焦げつく匂いがした。女房は庖厨の方へ往った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)