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小野妹子
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おののいもこ
ふりがな文庫
“
小野妹子
(
おののいもこ
)” の例文
小野妹子
(
おののいもこ
)
や
犬上御田鍬
(
いぬかがみたすき
)
は、ふたたび隋に派遣され、多くの留学生も送られた。そうして、天皇紀、国紀は編纂され、唐の使節は来たのである。
天皇:誰が日本民族の主人であるか
(新字新仮名)
/
蜷川新
(著)
またある
時
(
とき
)
、
日本
(
にほん
)
の
国
(
くに
)
からシナの
国
(
くに
)
へ、
小野妹子
(
おののいもこ
)
という人をお
使
(
つか
)
いにやることになりました。その
時
(
とき
)
太子
(
たいし
)
は
妹子
(
いもこ
)
に
向
(
む
)
かい
夢殿
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
とも呼び、大昔の
小野妹子
(
おののいもこ
)
いらい、世襲になっているという
寺司職
(
じししょく
)
の私邸が、木の間隠れに、しずかだった。
私本太平記:05 世の辻の帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
先
(
せん
)
だって
小野妹子
(
おののいもこ
)
の
取
(
と
)
って
来
(
き
)
てくれた
法華経
(
ほけきょう
)
は、
衡山
(
こうざん
)
の
坊
(
ぼう
)
さんがぼけていたと
見
(
み
)
えて、わたしの
持
(
も
)
っていたのでないのをまちがえてよこしたから、
魂
(
たましい
)
をシナまでやって
取
(
と
)
って
来
(
き
)
たよ。
夢殿
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
推古朝
(
すいこちょう
)
の時代、
小野妹子
(
おののいもこ
)
が
隋
(
ずい
)
の国から持ってきたと申す説、また、
仁明帝
(
にんみょうてい
)
の御世に遣唐使
藤原貞敏
(
ふじわらのさだとし
)
が学んで帰朝したのが始まりであると申す説と、いろいろにいわれておりまするが
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
▼ もっと見る
その
後
(
のち
)
また
小野妹子
(
おののいもこ
)
が二
度
(
ど
)
めにシナへ
渡
(
わた
)
った
時
(
とき
)
、
衡山
(
こうざん
)
のお
寺
(
てら
)
を
訪
(
たず
)
ねると、
前
(
まえ
)
にいた三
人
(
にん
)
の
坊
(
ぼう
)
さんの
二人
(
ふたり
)
までは
死
(
し
)
んでしまって、
一人
(
ひとり
)
だけ
生
(
い
)
き
残
(
のこ
)
っておりましたが、その
坊
(
ぼう
)
さんの
話
(
はなし
)
に
夢殿
(新字新仮名)
/
楠山正雄
(著)
“小野妹子”の解説
小野 妹子(おの の いもこ、生没年不詳)は、飛鳥時代の官人。姓は臣。冠位は大徳。妹子臣とも表記される。男性(以下詳細)。
『日本書紀』によれば、推古天皇の時代に冠位大礼で大使に選ばれ大唐(当時の隋)に派遣された(→遣隋使)。日本の通説では『隋書』が記録する「日出処天子」の文言で知られる国書を携えた使者は小野妹子とされる。
(出典:Wikipedia)
小
常用漢字
小1
部首:⼩
3画
野
常用漢字
小2
部首:⾥
11画
妹
常用漢字
小2
部首:⼥
8画
子
常用漢字
小1
部首:⼦
3画
“小野”で始まる語句
小野
小野小町
小野梓
小野蘭山
小野田幸之進
小野篁
小野宮
小野照
小野鵞堂
小野政秀