夕栄ゆうばえ)” の例文
旧字:夕榮
祭壇の前に集った百人に余る少女は、棕櫚しゅろの葉の代りに、月桂樹の枝と花束とを高くかざしていた——夕栄ゆうばえの雲が棚引たなびいたように。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すだれ捲上まきあげし二階の窓に夕栄ゆうばえ鱗雲うろこぐも打眺め夕河岸ゆうがし小鰺こあじ売行く声聞きつけてにわか夕餉ゆうげの仕度待兼まちかぬる心地するも町中なればこそ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夕栄ゆうばえは雲を紅く染めて明日の天気を予約するし、麝香鹿じゃこうじかの群は山の中腹を勇ましい駈足で走って通り、草深い藪地では兎の雌雄が仲宜なかよく餌を漁っている。
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アッと驚き振仰向ふりあおむけば、折柄おりから日は傾きかゝって夕栄ゆうばえの空のみ外に明るくの内しずかに、淋し気に立つ彫像ばかり。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
明日の暑さで威嚇する夕焼ではなく、明日の快晴を約束する夕栄ゆうばえであった
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
青柳に蝙蝠かわほりつたふ夕栄ゆうばえなり 其角
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
車の通れぬ急な坂をば鮫ヶ橋谷町たにまちり貧家の間を貫く一本道をば足の行くがままに自然おのずとかの火避地に出で、ここに若葉と雑草と夕栄ゆうばえとを眺めるのである。
空の一方には夕栄ゆうばえの色が薄く残っていながら、月の色には早くも夜らしい輝きができ、トタン葺の屋根の間々からはネオンサインの光と共にラディオの響が聞え初める。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さながら晩秋に異らぬ烈しい夕栄ゆうばえの空の下、一望際限なく、唯黄いろく枯れ果てた草と蘆とのひろがりを眺めていると、何か知ら異様なる感覚の刺㦸を受け、一歩一歩夜の進み来るにもかかわらず
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)