嚥下えんか)” の例文
やっと嚥下えんかすることができる。一夜の宿をかした旅人の別れ去ったのがふとふりかえって遠くからもう一度挨拶をしたような気もちだ。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
(注・昭和5年11月28日夜、鎌倉腰越の小動崎で常用の催眠剤を嚥下えんかし、七里が浜の恵風園療養所に入院したことがある)
ミミイ嬢はタヌの叱責しっせきに廉恥心を感じ、一せき、五合余りの牛乳と一〇〇グラムのバタを嚥下えんかして、山のように積んだ臓品のそばで自殺してしまった。
私はタッタ今来たんです。広矢ひろやと申します。今朝早く、夜中に、かなり多量のカルモチンを嚥下えんかしたらしいですが、胃洗滌をやってみたら残りを
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あたかも一口の食物を嚥下えんかし得ないで反嚼はんしゃくしてる白痴のように、同じ考えばかり繰り返し、頭脳の力はすべてただ一つの固定観念に吸い取られていた。
彼等は食後必ず入浴致候いたしそろ。入浴後一種の方法によりて浴前よくぜん嚥下えんかせるものをことごと嘔吐おうとし、胃内を掃除致しそろ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪子さんの死体は直ちに大学に運ばれ、翌日解剖に附されたが、その結果をここに記して置くと、彼女の死因は、やはり毒物の嚥下えんかによることが明かとなった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
特務曹長「実に立派であります。」(曹長に渡す。曹長兵卒一に渡す。兵卒一直ちにこれを嚥下えんかす。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうして俺はこの「死」を嚥下えんかしたかのように、——それは精神を錯乱させながら、おもむろに生物の生命を毒殺するアルカロイドをみ込んだかのように、感じさえした。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
それにまた、サントニン中毒特有の幻味幻覚などが伴ったので、あれほど致死量をはるかに越えた異臭のある毒物でも、ダンネベルグ夫人は疑わず嚥下えんかしてしまったのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
細やかではあるが葉に沢山な毛が生えて毛の本に硬い点床(ムラサキ科の植物には普通にそれがある)があって、嚥下えんかする時それが喉を擦っていって気持ちの悪るい感じがする。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
私はそれを嚥下えんかして首肯しゅこうし、この医師は以前どんな鰻を食べたのだろうといぶかった。
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
白い皿の上に載せられて出て来た西洋料理は黒い堅い肉であった。私はまずいと思って漸く一きれか二きれかを食ったが、漱石氏は忠実にそれをみこなして大概嚥下えんかしてしまった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
其の状、あたかも緋色の房の如く、之を水に投ずれば、一層の艶を増してあだやかに活動し、如何なる魚類にても、一度び之を見れば、必ず嚥下えんかせずには已むまじと思われ、いよいよ必勝を期して疑わず。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
気も狂わしく法律に追いつめられた男女の胃の中から、正確に気ちがいじみた嚥下えんか物をとりのぞいたとしても、人間の不幸はとりのぞかれず、犯罪人をつくりだしつつある社会も変えられない。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
消化力ばかりでなく老人と子供は咀嚼そしゃく嚥下えんかの働きまで弱いのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それでも結局はどうにかして嚥下えんかしてしまった。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
口に入れるより早く嚥下えんかし、間髪をいれずドロップを口中に投げ込み、ばりばり噛み砕いて次は又、チョコレート、瞬時にしてドロップ、飢餓の魔物の如くむさぼり食うのである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この事件の悪鬼は、死所を奈落に択んで、多量の青酸を嚥下えんかしたのだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
特務曹長「急ぎみ下せいおいっ。」(一同嚥下えんか。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼は冷く溶けた鉛を嚥下えんかしたかのように感じた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
口にいれてもにちゃにちゃしてとても嚥下えんかすることが出来ぬ。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私はカルモチンをたくさん嚥下えんかしたが、死ななかった。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)