喧囂けんごう)” の例文
黒泡を立てて噛み合いえ合い、轟々として奔騰しそれが耳もろうせんばかりの音と相俟あいまって、喧囂けんごうといっていいか、悲絶といっていいのか
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その喧囂けんごうの状の化石が見えるかと思われた。急激な進歩の暗い大きなはちの群れがおのれの巣の中で騒いでるのが、この防寨の上に聞こえるかと思われた。
開業試験が近くなると、父は気をかして代診や書生に業を休ませ勉強の時間を与える。しかし父のいない時などには部屋に皆どもが集って喧囂けんごうを極めている。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
従ってこの淫蕩極まりない私通史には、是非の論が喧囂けんごうと湧き起らずにはいなかった。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その時、見物人の喧囂けんごうは絶頂に達して、罵詈ばり、嘲笑、憤怒の言葉が場内にみなぎり溢れた。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はピカデリイやグラン・ブルヴァルの繁華な大通で、倫敦ロンドン人や巴里パリイ人の車馬と群衆とが少しの喧囂けんごうも少しの衝突もせずに軽快な行進を続けて行くのを見て驚かずにいられなかった。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
戸外の喧囂けんごうたる状態とは反対に、戸内では順序よく晩餐が終って、やがて舞踏会が開かれた。管絃楽の響は、さすがに風雨の音を圧迫して歓楽の空気が広いホールの隅から隅に漂った。
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そしてここでも永い間、刻一刻と増してくる雑踏の中に、私はなおもその見知らぬ男の追跡を続けた。しかし、相変らず、彼はあちこちと歩き、終日その喧囂けんごうちまたから外へ出なかった。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
朝子が街の喧囂けんごうの裡で群集の感情にふれ、自分の感情をも吟味し、こんな不如意をどうしてこんな元気でしのげるかという一般的なおどろきから、やがてその理解に入って行く塩梅とは
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あがったとか、さがったとか言って、売ったり買ったりする取引場の喧囂けんごう——浮沈うきしずみする人々の変遷——狂人きちがいのような眼——激しくののしる声——そういう混雑の中で、正太は毎日のように刺激を受けた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて一切の喧囂けんごうが拭うたように消え去ってしまいました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところで、喧囂けんごうの最中に、ボシュエはふいにコンブフェールに何か言いかけて、次の日付でその言葉を結んだ。
その喧囂けんごうたるどよめきの中で、法水は、暗中の彩塵を追いながら黙考に沈みはじめた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それはわずかに文字に表現するまでの不平不満であり、改革的意気であることを知るに至って、その志士的口吻の溢れた文字も、唯だ日比谷ひびやの議院における喧囂けんごうと一般の感をくに過ぎなくなります。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
おびただしい雨量が、天からざあざあと直瀉ちょくしゃする喧囂けんごうの中に、何もかも打ち消されて、ふだんにぎやかな広小路の通りも大概雨戸を締め切り、二三人の臀端折しりはしょりの男が、敗走した兵士のようにけ出して行く。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この区はロンドンの芸術家街クワルチェ・ラタンといわれ、都心を遠くはなれた川沿散歩道チェイン・ウォークのしずけさ。が、いま部屋のなかは喧囂けんごうたる有様だ。「タイムス」「デリー・テレグラフ」をはじめ各国の特派員。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)