否々いないな)” の例文
否々いないな位地を得たため、かえって理想を失するやからが多い。理想は椅子いすにあるものでないから、椅子を得たによってまっとうするとはいわれぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しからば則ち彼は、遂に和親論者にて終りしか。否々いないな、彼は熱心なる非和親論者となれり。事実は今その所以ゆえんを説明すべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
見ると否々いないなそればかりでなく、築山の裾にも土橋のたもとにも、同じような人間が隠れていて、館の様子をうかがっていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
否々いないな、生きていられないことは知っておろう。さすれば、何のために、誰のために、老躯を曲げて植林しているかと……
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえば芭蕉ばしょうの思想も、突として芭蕉にはじまったものではなくて、既に何百年か前の、連歌の宗祇そうぎの思想に根ざしている。否々いないな、その思想は古き仏教の思想である。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
否々いないな……今朝けさから、あんな変テコな夢にうなされて、同室の患者に怪しまれるような声を立てたり、妙な動作をしたりしたところを見ると、将来そんな心配が無いとは、どうして云えよう。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
否々いないな彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女おとめ一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たきこころ起こさでやむべき
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
否々いないな
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
否々いないな。それには及ばぬ、趙雲は決してこの玄徳を捨てるような者ではない。やよ張飛、はやまったこと致すまいぞ」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
否々いないな、我らはそれらの特別の恩恵を意識せずにいながらも、やはり自然に親しみを持って春夏秋冬の四季の中に抱擁されて、変化多き快適な生涯を送っているのであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
呪詛のろい悲しんでいるのではなく、否々いないなそれとは正反対に、喜び歌い、たたえ——すなわち何者かに帰依きえ信仰し、欣舞きんぶしているのだということが、間もなく知れたからであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……もしも彼女がタッタ一言でも物を云い得たら……否々いないな
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
否々いないな、一たん寺門に入って、世へ屏居へいきょと触れたからには、たとえ剃髪ていはつはなさらぬまでも、めったにお心をひるがえす兄上ではない……と一族どもを押しなだめて
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
否々いないな死に近づくに従って深いか浅いかこのさびしさにとらわれぬ者はまずまずあるまい。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
否々いないな、もっと深いものがありそうにも思われた。で、いつかそれを暗誦そらんじ、それを自分の息として、朗々吟誦することにより、老公のたましいへ触れようとした。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)