刃向はむか)” の例文
足柄あしがらの箱根の山の中には数え切れぬほどの不逞ふていやからどもが蟠居ばんきょしているのだそうだ。いつ我々に対して刃向はむかって来るか分ったものではない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「人がなんと申しましょうとも、兄はあなた様の太刀先たちさき刃向はむかう腕はないと、このように申し切っておりまする」
己のの傾向が、果して先天的の性癖に起因して居るなら、無理やりに其れを矯正しようとするのは、あたかも自然の不可抗力に刃向はむかうようなものではなかろうか。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、私にはあんな他人の心持はわからない、ヒステリックとでもいふべきか? 眼尻を釣りあげて、何としても臆病な私には刃向はむかふことの出来ない例の調子で
海棠の家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
真に人格を以て克つのである。我を以て争う時にはどんなに弱いものでも刃向はむかって来る。嘲笑や皮肉によっては何者も征服せられない。偉人は卑しい者の内にも人間を見る。
自己の肯定と否定と (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ことに孝心深きにで、不便ふびんなものと心得、いつか敵と名告なのって汝に討たれたいと、さま/″\に心痛いたしたなれど、かりそめにも一旦主人とした者に刃向はむかえば主殺しゅうごろしの罪はのがれ難し
……同時にその二人が揃いも揃って、繊弱かよわい女の手で刃向はむかうべく、余りに恐ろしい相手である事を、知って知り抜きながらも必死と吾児を抱き締めつつ、ふるおののいていた筈である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ハンスの父ヘルマン博士の研究による完全人造人間の部隊は、いずれそのうち、欧洲戦線のどこかに、必ず姿をあらわして、ドイツ軍に刃向はむかう敵軍を、徹底的に圧迫するにちがいない。
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
むしろ、世界のきびしい悪意といったようなものへの、へりくだったおそれに近い。もはや先刻までの怒は運命的な畏怖いふ感に圧倒されてしまった。今はこの男に刃向はむかおうとする気力も失せたのである。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「私は、あなたに、刃向はむかふやうな振舞ひをしようとは思つてをりません。」
倒しても倒しても刃向はむかってくる敵でもあった
死の淵より (新字新仮名) / 高見順(著)