さっき)” の例文
孰方を向いても人家のらしいものは一点も認められない。それに、さっきからもう一時間以上も歩いて居るのに人通りが全くない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さっきの棚の上に、今度は鼠が二疋連れで、ちょろちょろと何か相談し合うような恰好かっこうで歩いて来ました。
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
「我慢はさっきから、もうだいぶしたよ。御願だから、もう少し湯か石鹸をつけとくれ」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何が故であるか、そのおそい時刻はさっきのかの女をおそうた幻影の内にもう一度かの女を引き摺り込むのであった。かの女は搾木しめぎにかけられたように硬ばって、しきりにその聴覚をかたむけはじめた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「ええ、泣きましょう、泣きましょう。小母さんと一緒にならいくらだって泣きましょう。私だってさっきから泣きたいのを我慢していたんです」
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、袂からさっきの札を出したとたんに、彼は苦しい夢から覚めた如くはっと眼をしばだゝいて、見る/\顔を真赤にした。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お前はさっきから僕の事を卑怯だ卑怯だと云ふけれど、僕は此の通り何も彼も隠さずにお前に打ち明けて居るんだぜ。
成る程そう云われて見れば、さっきは確かに動いて居たあの蛇が、今はじっととぐろを巻いて少しも姿勢を崩さない。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「お前はさっき仙吉と一緒にあたしを縁台の代りにしたから、今度はお前が燭台の代りにおなり」
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「誰か此の辺に、さっき悪口あっこうを云った者はありませんか。云った人はどうぞ試して見て下さい。」
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「坊ちゃん、よくいらしって下さいました。もうさっきからお待ち兼ねでございますよ。さあ彼方へいらっしゃいまし。こう云う卑しい子供達の中でお遊びになってはいけません」
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さっきも云った通り、美感を味うのに前後の事情などを了解する必要は少しもないんだ。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
己がさっき、「酔わされる」と云ったのはつまり或る一定の現象を凝視する事にって、その底にひそんで居る永遠の実在を豫覚し、自己の生命が宇宙の生命の中へ流れ込んで行くような
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ついさっきまで私はたしかに此の三人の友人であつた、天下の学生達に羨ましがられる「一高」の秀才の一人であつた。しかし今では、少くとも私自身の気持に於いては既に三人の仲間ではない。
(新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「沼倉! お前だろうさっきからしゃべって居たのは? え? お前だろう?」
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
己はさっき、「恋いしいじょ」と書いたが、正直を云うと己の彼のおんなに対する感情は普通の意味の恋愛でないかも知れない。それは恋愛と云うよりも、もっとはげしい、もっと神秘しんぴな、憧憬どうけいじょうである。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「誰ださっきからべちゃ/\としゃべって居るのは? 誰だ?」
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)