偽物ぎぶつ)” の例文
旧字:僞物
その時自分は「岡田君この呉春ごしゅん偽物ぎぶつだよ。それだからあの親父おやじが君にくれたんだ」と云って調戯からかい半分岡田を怒らした事を覚えていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どうしておまえはそんなものをっている。おまえがそんなものをっているはずがない。きっと偽物ぎぶつだろう。どこからひろってきたか。」
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かういつた風で、いつも偽物ぎぶつに箱書をしたり、薄茶でも一服饗応ふるまはれると、出先で直ぐ席画をいたりするので、家族連の心配は一とほりでない。
うまく行ったところで、その恐怖を隠しているに過ぎない。僕は正直な話をするがね、一体これまで歴史に書いてある臨終の心理というものはみな偽物ぎぶつだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「そうです。偽物ぎぶつです。何ヶ月かの間、法隆寺には巧みに出来た偽の玉虫厨子が安置してあったのです」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
書にもにも陶器や仏像にさえ偽物ぎぶつは世上に横行しているのだ。いわんや人間にあって不思議はない。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「彼は、第一に、閣下の偽物ぎぶつが、司令部に頑張っていることを知りました。これは、わたくしも、既に気がついていたことだったので、成程なるほどと、信用が出来たのです」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その証拠には今の世の名画名筆と称せられて紳士の家に珍蔵せらるる者ほとん偽物ぎぶつならざるはなし。十中の八、九と言いたいが専門の鑑定家に見せると百中の九十七、八までことごとく偽物だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
偽物ぎぶつは黒胆に多し。
「は、なにぶんどうも、偽物ぎぶつばかり現われまして……いつどこでまぎれて、何者の手に入りましたやら、とんと行方知れずにあいなり、まことに遺憾至極ながら、手前、勘考いたしまするに、こけ猿なるものは、もはや世にないのではないかと……」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「君が正直で僕が偽物ぎぶつなのか。その偽物がまた偉くって正直者は馬鹿なのか。君はいつまたそんな哲学を発明したのかい」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女の犠牲的精神が幾分か偽物ぎぶつらしく思われて、その忍耐の表情が白々しく思われたのである。そこで女がいっその事じれったがって来れば好いと思う。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
いいえ偽物ぎぶつでもなければ、ひろってきたのでもありません。これはほんとうの真珠しんじゅや、さんごです。わたしうたぐってくださいますな。はやわたし着物きものってください。おじいさんはふねっています。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)