以前むかし)” の例文
もっといまより以前むかしのほうが輪をかけてよけい酔った。——が、酔っても、いくら酔っても正体をなくすということはなかった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
淵瀬の以前むかし知らぬ人も気の毒がり、水臭からぬ隣の細君かみさま、お秋が提ぐる手桶の、重さうなるを、助けて運びくるる事もあり。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
辺鄙へんぴの山の温泉の宿は、部屋の造作つくり装飾かざり以前むかしと変わらなかった。天井の雨漏りの跡さえそのままであった。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それからの彼は、たとえば、巣に病む親鳥へ子鳥がえさを運ぶような可憐いじらしさだった。朝夕、心から主人の盧俊儀ろしゅんぎをいたわった。仕えること以前むかしとすこしもかわらない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ死! 以前むかし世をつらしと見しころは、生何の楽しみぞ死何の哀惜かなしみぞと思いしおりもありけるが、今は人の生命いのちしければいとどわが命の惜しまれて千代までも生きたしと思う浪子。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
早い話が一つ目へ行く渡しもなくなれば四つ目の牡丹へ行く早船の看板もみえなくなり、以前むかしのように暢気に釣なんぞしているものは一人だってありません。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
幼馴染の筒井松太郎は、以前むかしに変らぬ友情を以って絶えず彼の許を訪れたが、是も時々小首を傾げ
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとうべくは以前むかしに倍する熱心もて伏侍ふくじするあり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今夜から範覚は以前むかしどおりに、わしがねんごろに介抱してやる! どんな男もきゃつには及ばぬ! きゃつがわしから飛んで行って以来、わしは神通力ちからを失ってのう。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それっきりになるどころか、いまじゃァ以前むかしよりもっとさかんになって来ています。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
将しく彼女には審美眼がある。だが以前むかしの彼女には、すくなくともマチスに憧憬あこがれるような、そんな繊細な審美眼は、なかったように思われる。長足の進歩をしたものさなあ。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
怖々こわごわ強請ゆすりかけているが、以前むかしの浪人とくると、抜き身の槍や薙刀を立て、十人十五人とかたまって、豪農だの、郷士だのの屋敷へ押しかけて行き、多額の金子きんすを、申し受けたものよ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何卒ご用捨下さりませ……さてこれで以前むかしのことは、勘定済みとなりました。次は将来これからのご相談で。……ところでちょっとご相談の前に、申さねばならぬことがありますのでな。……
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
以前むかしはよかった」と感慨深く云ったのは、例の望月角右衛門という武士で
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
以前むかしのお姫様ときたひには、男やら女やら、人間やら魔物やら、悪魔やら神様やらわけわからずにおりながら、大きな強い神聖きよらかな、不思議なお力で、わたしたちを心服させておられました。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……が以前むかしわたしのもとへ、造顔に参りましたお侍様は、うらみある敵を討とうとしても、昔ながらの容貌では、邂逅めぐりあっても逃げられるだろう、そこで手術をするようにと、このように申しておりました。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
以前むかしの彼の身分といえば、微禄のご家人に過ぎなかったが、商才のあるたちだったので、ご家人の株を他人に譲り、その金を持って長崎へ行き、蘭人相手の商法をしたのが、素晴らしい幸運の開く基で
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「はい」とまたも躊躇したが、「実は久しい以前むかしから、敵を持つ身でございます。恐ろしい敵でございます。腑甲斐ふがいないようではございますが、遭って刀を交えたが最後、私に勝ち目はございません。 ...
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これまたずっと以前むかしからその島君に参っていて、通い詰めていたということじゃが、その恋人の島君を、右衛門に取られたと知るや否や、阿修羅あしゅらのように荒れ廻わり、どこから金を持って来るものか
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)