乗客のりて)” の例文
旧字:乘客
で、小松島から蒸汽に乗……ったのはいゝんですが、これがまた、勘定するほどしか乗客のりてがありません。ガランとしております。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
そうでなくって、一人も乗客のりてが散らずに居りゃ、私達わっしだちだって関合かかりあいは抜けませんや。巡査おまわりが来て、一応しらべるなんぞッて事になりかねません。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
コソコソと室に入って椅子によると同時に大崎から来た開塞の信号が湿っぽい空気に鳴り渡った。乗客のりては一人もない。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
良人をつとは云つて、ピガルの広場から地下電車に乗ることにした。人が込むだらうからと云つて一等の切符を買つたが、車は平生ふだんよりも乗客のりてすくなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
近頃市電の運転車輛がひどく少いので、何処の停留場にも、乗客のりてが一杯たかつて、険しい眼を光らせながら
ひしと詰込んだ一列の乗客のりてに隠れて、内証で前へ乗出しても、もう女の爪先つまさきも見えなかったが、一目見られたひとみの力は、刻み込まれたか、と鮮麗あざやかに胸に描かれて、白木屋の店頭みせさき
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大尉め、どこか近くの停留場に下りるんで、婦人をんな乗客のりてもあるのに態々わざ/\画家ゑかきの俺を見立てて譲つて呉れたんだな。若いのに似合にあは怜悧りこうな軍人だ、さういへばどこか見所がありさうな顔をしてるて。
雨が降っても風が吹いてもこの子守女が停車場ステーションに来て乗客のりての噂をしていないことはただの一日でもない、はなやかに着飾った女の場合はなおさらで、さも羨ましそうに打ち眺めてはヒソヒソと語りあう。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
僥倖さいわいそこでも乗客のりてが込んだ、人蔭になって、まばゆい大目玉の光から、顔をわしてまぬかれていたは可いが、さて、神楽坂で下りて、見附の橋を、今夜に限って、高い処のように、危っかしく渡ると
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荷物を引立ひったてて来て、二人で改札口を出た。その半纏着はんてんぎと、薄色背広の押並んだ対照は妙であったが、乗客のりてはただこの二人の影のちらちらと分れて映るばかり、十四五人には過ぎないのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)