“さいとう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:サイトウ
語句割合
斎藤50.0%
西塔30.8%
齋藤7.7%
斉藤7.7%
塞頭3.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
お前も知ってるだろう、早船の斎藤(さいとう)よ、あの人にはお前も一度ぐらい逢った事があろう、お互いに何もかも知れきってる間だから、誠(まこと)に苦(く)なしだ。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
信長の旨をうけて、彼は従卒四、五人を連れただけで叡山へ、そして、僧兵の本陣である根本中堂で、西塔(さいとう)の尊林坊(そんりんぼう)と会見した。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今年(ことし)、二月三日(にぐわつみつか)、點燈頃(てんとうごろ)、やゝ前(まへ)に、文藝春秋(ぶんげいしゆんじう)の事(こと)について、……齋藤(さいとう)さんと、菅(すが)さんの時々(とき/″\)見(み)えるのが、その日(ひ)は菅(すが)さんであつた。小稿(せうかう)の事(こと)である。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
今日は三年生は地質(ちしつ)と土性(どせい)の実習だった。斉藤(さいとう)先生が先に立って女学校の裏(うら)で洪積層(こうせきそう)と第(だい)三紀(き)の泥岩(でいがん)の露出(ろしゅつ)を見てそれからだんだん土性を調(しら)べながら小船渡(こぶなと)の北上(きたかみ)の岸(きし)へ行った。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かつて文壇の梁山泊(りょうざんぱく)と称えられた硯友社(けんゆうしゃ)、その星座の各員が陣を構え、塞頭(さいとう)高らかに、我楽多文庫(がらくたぶんこ)の旗を飜(ひるがえ)した、編輯所(へんしゅうじょ)があって、心織筆耕の花を咲かせ、綾(あや)なす霞を靉靆(たなび)かせた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)