黒漆くろうるし)” の例文
ましてその男は、大将まげに束ねた頭をつや/\と光る黒漆くろうるしの枕に載せて、緞子どんすとか綸子りんずとか云うものらしい絹の夜着を着ているのである。
森林に囲まれた大沼は、黒漆くろうるしの縁にふちどられた、曇った鏡のそれのようであった。沼は浅く水も少く、あしだのかやだのすすきだのが、かなりの沖にまで生えていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
間もなく方丈では主客うちくつろいでの四方山よもやまの話がはじまった。点火あかりもわざと暗くした風情ふぜいの中に、おのおのぜんについた。いずれも草庵そうあん相応な黒漆くろうるしを塗った折敷おしきである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鶴見はその喇叭をかれこれ十年も使っているので、表にかけた黒漆くろうるしげてところまだら地金じがねの真鍮が顔を出している。その器具を耳にあてがってみても、実は不充分である。
朱塗しゆぬりになし其上に黒漆くろうるしを掛るは是日輪の光りに簇雲の覆し容をあらはしたるにて是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
正面の御書院づくりの京間には、夏のうち、ついこの間までは七草を描いた萌黄紗もえぎしゃのお障子が立っていたが、今はもう秋ぐちなので。縁を黒漆くろうるしに塗った四尺のお障子が、ズラリ並んでいる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
信祝のぶときは、蒔絵まきえした黒漆くろうるしの大火鉢へかけた金網の上へ、背中をまろめながら、唇をゆがめたり、眼を閉じたり——それからせきをしたり——咳は、寂莫せきばくとした小書院こしょいん一杯に反響して、けたたましかった。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
びんかきに、当代の名匠が本質きじへ、肉筆で葉を黒漆くろうるし一面に、の一輪椿のくしをさしたのが、したたるばかり色に立って、かえって打仰いだ按摩の化ものの真向まっこうに、一太刀、血を浴びせた趣があった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは黒漆くろうるしの胴に金蒔絵きんまきえのある立派な具足ぐそくを着けた武士で、河内介が直覚的に「彼奴あいつだ」と感じたとき、第三弾を放とうとして身構えていたその男は、あわてゝ銃を捨てゝ逃げた。