黒柿くろがき)” の例文
広栄は次のへやで計算していた。黒柿くろがきの机に向って預金の通帳のような帳面を見い見い、玩具おもちゃのような算盤そろばんの玉をいじっていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庸三は床の黒柿くろがきかまちまくらにしてしばらく頭を休めていたが、するうち葉子と瑠美子との次ぎの間の話し声を夢幻に聞きながらうとうと眠ってしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
次郎は、腰にさした扇をぬいて、その黒柿くろがきの骨を、一つずつ指で送ったり、もどしたりしながら、兄と自分との関係を、それからそれへ、思い出した。——
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鶴岡は酒井氏の城下町であります。店々をのぞくと色々見慣れないものが現れます。ここは黒柿くろがきの細工所で、この優れた自然の賜物を用い色々のものを作ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
長いことお三輪が大切にしていた黒柿くろがき長手ながての火鉢も、父の形見として残っていた古い箪笥たんすもない。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのために硬く粘り気のある黄楊つげを用いるようになりましたが、産地によって硬軟の差があるようにも聞きました。また桜、黒檀こくたん黒柿くろがきなども用いられ、胡桃くるみなども多く使われます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
長火鉢と云うとけやき如輪木じょりんもくか、あか総落そうおとしで、洗髪あらいがみの姉御が立膝で、長煙管ながぎせる黒柿くろがきふちへ叩きつける様を想見する諸君もないとも限らないが、わが苦沙弥くしゃみ先生の長火鉢に至っては決して
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午後には、主婦は連日の疲労につかれ果てたといふやうに、平生へいぜい使ひ馴れた黒柿くろがきの煙草の箱を枕にして、手拭を顔にかけて、スヤスヤと昼寝をして居た。とまの間から河風が涼しく吹いて来た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)