なきがら)” の例文
「いくら家や主人が大事でも、顏形ちの似た他所よその伜をだましてつれ込み、なきがら黒子ほくろの代りに刺青までして、身代りにするのはひど過ぎはしないか」
彼は完全に祖国を救ったのでした。しかも彼の死たるや僕に洩したとおりとすれば彼の側には愛人のなきがらも共に相並んでよこたわったことであろうと思われます。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
人死にて神魂たま亡骸なきがらと二つにわかりたる上にては、なきがら汚穢きたなきものの限りとなり、さては夜見よみの国の物にことわりなれば、その骸に触れたる火にけがれのできるなり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
次の朝までには皆何處へか消えて了ツて、螢籠の中には草の葉だけが殘ツてゐて、其のなきがらさへ無かツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
にわかにうろたえ出した町役人共を尻目にかけて、怪死を遂げた古高新兵衛のなきがらに近よりながら、先ず鉄扇で打たれた脇腹を打ち調べてみると、然るにこれがますます不審です。
玄関脇の控ノ間へ行ってみると、白布で蔽ったなきがらを戸板に乗せ、その周りに家傭かようどもと村の者が畏まっていたが、俺の顔を見ると、駐在所の巡査が恭しい手つきで白布を捲りあげた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
滝本は、いつか武一が血に染つたネープのなきがらを拾ひあげて、泣いて——何う慰める術もなかつたあの日の事を思ひ出した。篠谷の倅の太一郎がステツキ銃でねらひ打ちにしたのである。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
樹木の色の見えない三、四カ月の後、再び春が廻り来る頃、潰れた村の家の中に凍死した村人のなきがらが毎年五十人を下らなかった。しかし滅ぼす力も自然なら、生み殖える力も自然であった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
現場では、無慚な最期をとげた塩田先生のなきがらの上に、カーキ色の布がフワリとかけられた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)