とゞ)” の例文
鞭聲べんせいの反響に、近き山の岩壁を動かして、駟馬しばの車を驛舍の前にとゞむるものあり。車座の背後うしろには、兵器うちものを執りたる從卒數人すにん乘りたり。
わたくしは初め墓表を読んだ時、此句に躓いて歩をとゞめた。そして霧渓の嘱を受けて撰文した杉本が、何故に此句を添へたかを疑つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
否、塵芥は至粋をとゞむるのちからなきなり、漁郎天人の至美を悟らずして、いたづらに天衣の燦爛さんらんたるををしむ、こゝに於てか天人に五衰の悲痛あり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
公子しりへより、汝等は我が夫人の手をきて同じ戲をなすことをもとむるにやといふとき、ジエンナロは直に歩をとゞめたり。
富嶽駿河の国に崛起くつきせしといふ朝、彼は幾億万里の天崕てんがいよりその山巓さんてんに急げり、而して富嶽の威容を愛するが故に、その殿居にとゞまりみて、遂にた去らず。
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
寒さは強く、路上の雪は稜角ある氷片となりて、晴れたる日に映じ、きら/\と輝けり。車はクロステル街に曲りて、家の入口にとゞまりぬ。この時窓を開く音せしが、車よりは見えず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
兎も角も此一盃ひとつきを傾け給へといひつゝ、我前なる杯に葡萄酒を注がんとせしに、忽ちその手をとゞめて、おん身は心地惡しきにはあらずやと叫びぬ。
我をとゞめて共に居らしめ、我を酔はしむるに濁酒あり、我を歌はしむるに破琴やぶれごとあり、ほしいまゝに我を泣かしめ、縦に我を笑はしめ、わが素性そせいげしめず、我をして我疎狂を知るは独り彼のみ
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
わたくしは好劇癖かうげきへきがあつたので、歩をとゞめて視た。さて二三町行つて懐を探ると、金が無かつた。わたくしは遺失したかと疑つて、くびすめぐらして捜し索めた。しかし金は遂に見えなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
記して此に至つて、わたくしは再び霞亭南帰の問題に撞著たうちやくする。霞亭は越後より南帰して、伊勢国度会郡わたらひごほり林崎にとゞまつた。此間の事を叙するに、山陽の筆は唯空間を記して時間に及ばない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)