離房はなれ)” の例文
お増の宿は、その番地の差配をしている家の奥の方の離房はなれで、黒板塀くろいたべいの切り戸を押すと、狭い庭からその縁側へ上るようになっている。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
光代と英子とは同窓なので、学校の噂でも始めたらしく、小声で話しあつてゐるので、やがて離房はなれの三人でツウ・テン・ジャックがはじまつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
お庄は銚子ちょうしを持って母屋もやの方へ来たきり、しばらく顔出しをしずにいると、また呼び立てられて、離房はなれの方へ出て行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鍵形に母家から突き出てゐる離房はなれめいた八畳の縁側に真弓は腰かけて両足をぶらぶらさせながら、先刻さっきとは打つて変つた賑やかな様子で、五郎を相手に笑ひ興じてゐた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
奥深い母屋おもやはずれにある笹村の部屋は、垣根を乗り越すと、そこがすぐ離房はなれと向い合って机の据えてある窓であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼等の起居のために離房はなれの二間があたへられた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
銭遣いの荒い子息むすこがそれで締ってくれさえすれば、自分ら夫婦は早晩商売を若夫婦に譲り渡して、この春建てた裏の離房はなれへ別居してしまいたいということであった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
庭も、庭の向うに見える縄簾なわすだれのかかったかわやも、その上に見える離房はなれの二階も、昔のままであった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先生は涼しい階下した離房はなれの方へ床をのべてていた。そのころ先生の腫物しゅもつは大分痛みだしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
笹村は視力がえて来ると、アアと胸で太息といきいて、畳のうえにぴたりと骨ばったせなかを延ばした。そこから廊下を二、三段階段を降りると、さらに離房はなれが二タ間あった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その離房はなれは、簡素な茶室と、それにつゞいた薄暗い六畳の二室から成立つてゐた。
倒れた花瓶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
怪しげなそこの門を入って、庭から離房はなれめいた粗末な座敷へ通され、腐ったような刺身で、悪い酒を飲んで、お作一家の内状をさぐった時は、自分ながら莫迦莫迦しいほど真面目であった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ふと池の向ひの木立の蔭に淡赤うすあかい電燈の影が、月暈つきのかさのやうな円を描いて、庭木や草の上に蒼白あをじろく反映してゐるのが目についたが、それは隠居所のやうな一むね離房はなれで、瓦葺かはらぶきの高い二階建であつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
うちの収入も減ったので、かつての庸三のぺンを執ったあの離房はなれも、人に貸すことになったし、この際少しお金をあげたいと思う。瑠美子の健康にも田舎の暮しのいいことがつくづく思われる云々うんぬん
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)