隠袋ポッケット)” の例文
旧字:隱袋
「なに、今ちょっと隠袋ポッケットから出したんだ」と云いながら中野君は、すぐ手袋をかくしのうちに収めた。高柳君の癇癪かんしゃくはこれで少々治おさまったようである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はもとよりその隠袋ポッケットうち入用いりようの金を持っていなかった。「明日あしたでも好いんでしょう」と聞いた。自分はまた思い切って、「できるなら今日中きょうじゅうに欲しいんだ」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一同がぞろぞろそろって道幅の六尺ばかりな汚苦むさくるしい漁村に這入はいると、一種不快なにおいがみんなの鼻をった。高木は隠袋ポッケットから白い手巾ハンケチを出して短かい髭の上をおおった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時間になった時、彼はほかの人よりも一足おくれて大きな建物を出た。彼はいつもの通り停留所の方へ歩きながら、ふと思い出したように、また隠袋ポッケットから時計を出して眺めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
歯痛しつうおのずからおさまったので、秋におそわれるような寒い気分は、少し軽くなったけれども、やがて御米が隠袋ポッケットから取り出して来た粉薬を、ぬるま湯にいてもらって、しきりに含嗽うがいを始めた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の馳け出す時には、隠袋ポッケットの中でビー玉の音が、きっとじゃらじゃらした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高木は茶色のだぶだぶした外套がいとうのようなものを着て時々隠袋ポッケットへ手を入れた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「御迷惑でしたろう」と小野さんは隠袋ポッケットから煙草入を取り出す。やみを照す月の色に富士と三保の松原が細かに彫ってある。その松に緑の絵の具を使ったのは詩人の持物としては少しく俗である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)