鐚銭びたせん)” の例文
旧字:鐚錢
母屋おもやは、幾度も幾度も、床下も、天井裏も、下水の中も、ゴミ箱も見ました。が、五千両は愚か、鐚銭びたせん一枚その辺りには見付かりません。
女史は毎週、土曜日の午後ひるすぎきまつたやうに鎌倉の別荘へ出掛けるが、そんな折にも鐚銭びたせん一つ持合さないのが何よりの自慢らしい。
いつか、月ノ宮の鳥居とりいの下で見たこともあるが、蛾次郎がじろうは、ただの物貰ものもらいとしか思わないので、いまの餅屋のおつりのうちから鐚銭びたせんを一枚なげて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亭主が何しろ半兵衛で鐚銭びたせん一文持たないごろつきであるから、入院などとても覚束おぼつかない、助けると思ってここに治るまで寝かせてくれとすがり附いて頼んだ。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
この騒ぎのもとはなにかというと鐚銭びたせん十文ですむところを、錠銀一個を投じたためであった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鐚銭びたせんに至るまで、あらゆる種類が網羅されてあり、それを山に積んで、右から左へ種類分けにして、奉書の紙へ包んでみたり、ほごしてみたり、かますへ納めてみたり、出してみたりしている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「死にゃお前結構やが、運の悪い時ゃ悪いもんで、傷ひとつしやへんのや。親方に金出さそうと思うたかて、勝手の病気やぬかしてさ。鐚銭びたせん一文出しやがらんでお前、代りに暇出しやがって。」
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「まア、ちょいと、大の男がこんな財布を持って歩くの。良い胆っ玉ね、鐚銭びたせんまで入れて六十四文、ホ、ホ、ホ、ホ、だから八さんは可愛いのさ」
代官所の認可ゆるしを得て、村では、それから間もなく七十余両の鐚銭びたせんで街道安全の橋普請はしぶしんに取りかかった。
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女房かないは世間並に一人あるが、醜婦すべたかせにんで、加之おまけに子供を生む事を知らないので、金は溜る一方であつたが、夫婦とも揃ひも揃つた吝嗇坊しわんばうで、寄附事といつたら鐚銭びたせん一つでも出し惜みをした。
畢生ひっせいの大傑作「冬の旅」二十四曲は、一曲わずかに一フロリンずつで買われた。珠玉を鐚銭びたせんに代える如きものであるが、出版屋はそれをさえ恩に着せた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
「だってそうじゃないか、考えてもご覧なさいよ。江戸へ行くまでには、まだ何百里っていう道のりだよ、大津くんだりで、鐚銭びたせんもなくなっちゃッてどうするのさ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「青銭や鐚銭びたせんを小粒に変えたのも、みんな秀の野郎の細工さ。秀はあの屋敷の中の様子が知りたかったんだ」
「いったい、どこが金まわりがいいんでしょうな。紙のかねでも、値が下がった鐚銭びたせんでも、うんと出廻っていればまた、うんとふところのいいやつが出来るにちがいないが」
「小判はおろか鐚銭びたせん一枚入った財布を持っちゃいない。照吉の方は財布は持っているが一文なしだ」
と、よく合羽の袖から、鐚銭びたせんが投げられた。
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
襲撃の寸前、間髪を容れず、鐚銭びたせんが一枚飛んで来て、曲者のびんのあたりをしたたかに打ったのです。
「何を言やがる。同じ細工をするなら、手頃な瓶に鐚銭びたせんでも詰めてよ、都合のいいように遺言状でもこしらえて、埋めて置きゃアいいじゃないか。猫の子ほどの智恵もねえ人足どもだ」
「あの地蔵様に上げた青銭や鐚銭びたせんが、ピカピカする一分金や板銀に変るとよ」
入口の方へは何千貫とも知れぬ青銭と鐚銭びたせんとを入れておくとか、土蔵三戸前の腰張りの内側は、ことごとく金蔵になっていて、何万両とも知れぬ大判小判が入っていると言われておりますが
疑いもなく元のままの真物ほんもので、贋物にせものと摺り替えた形跡は少しもなく、あんなに骨を折って盗った癖に、鐚銭びたせん一枚身に着けないのですから、この泥捧の目的ばかりは全く見当も付かないのでした。