観客けんぶつ)” の例文
支那人の観客けんぶつは滅多に観覧席の椅子を買はない。椅子は大抵一ドル半のめださうだから、支那人にとつてもそんな勿体ない事は出来ない。
土間一杯の観客けんぶつも、恐らく左馬之助と同じ心持でしょう、怪奇な蛇の芸が進むにつれて、最早しわぶき一つする者も無かったのです。
「それは不思議だ。あんなに高い所から……あの危険な芸をやっていながら……きみは観客けんぶつの顔を見わける余裕があるかね」
或る精神異常者 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
自分が物珍らしそうにこの様子を見ているうちに、観客けんぶつは一人二人と絶えず集まって来た。その中には自分がある音楽会で顔だけ覚えたNという侯爵もいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
分かるも、分からぬも、観客けんぶつは口あんごりと心もそらに見とれて居る。平作へいさくは好かった。隣に座って居る彼が組頭くみがしら恵比寿顔えびすがおした爺さんが眼をうるまして見て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
観客けんぶつの眼には何も見えないのだが、唯ならぬ舞台の様子におどろかされて、これも一緒に騒ぎ出した。その騒動があたりにきこえて、県署から役人が出張して取調べると、右の一件だ。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恐ろしく肥つた、体重めかたが四十貫の上もあらうといふ大男で、こんな図体で、罪のない物真似をするのが可笑をかしいといつて観客けんぶつに大持てである。
だが彼は帰りぎわに、大勢の観客けんぶつといっしょに小舎を出ながら考えた。「こんな感激は、二三度はいいが、結局芝居や見世物と同じようにあきがくるだろう」
或る精神異常者 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
水槽の前には、青竹をめぐらして、後ろへ次第に高くなった、急造の客席スタンドの上には、観客けんぶつがかれこれ二三百人。
芝居のなかでは、あによめぬひ子も非常に熱心な観客けんぶつであつた。代助は二返所為せゐといひ、此三四日来さんよつからいの脳の状態からと云ひ、左様さう一図に舞台ばかりに気をられてゐるわけにもかなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
芝居で見ると、幡随院長兵衛と権八の出合いになって『江戸で噂の花川戸』なんて云うから、観客けんぶつも嬉しがって喝采するんですが、ほんとうの鈴ヶ森は決して嬉しい所じゃありませんでした。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
観客けんぶつは鋭い期待をもって、例のごとくざわざわと動いたりしゃべったりしていた。
或る精神異常者 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
芝居の中では、嫂も縫子も非常に熱心な観客けんぶつであった。代助は二返目の所為せいといい、この三四日来の脳の状態からと云い、そう一図に舞台ばかりに気を取られている訳にも行かなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
支那にある活動小屋のましなのは、大抵米国人の経営で、そんなのを数へ立ててみると、彼是かれこれ八十余りもあるが、それが揃ひも揃つて観客けんぶつの一万五千をもれる事が出来ると聞いては一寸驚かれる。
それに自分は今度のしばゐでは作者であり、伊藤公は普通たゞ観客けんぶつに過ぎない。作者が観客けんぶつに座を譲るやうな気弱い事では作者冥加みやうがに尽きるかも知れないからと、そのまゝ素知そしらぬ顔でじつと尻をおちつけてゐた。