むし)” の例文
ヘタヘタと崩折くづをれたところを見ると、長い間の不養生にむしばまれて、此女の肉體は見る蔭もない哀れなものです。
いつの間にやら殆ど全部むしばまれて、それに黄褐色おうかっしょくのきたならしい斑点はんてんがどっさり出来てしまっていることに、その朝、私は始めて気がついたのだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それは効きめの緩慢な毒が血管を伝わって徐々に組織を侵すように、じりじりとごく僅かずつ、時間の経過につれてひろがり、むしばみ、深く傷つけていった。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は仔細しさいあってただ一度、この一件書類を読んで見たことがあるが、今はすでにあの偉大なる人間苦の記録も、どこかの長持ながもちの底でむしばみ朽ちつつあるであろう。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
喰い取られたように黒くむしばみ、上半分は夕日で黄に染まって、枯木にまで、その一端が照り添って、目眩まぶしいように、顔をむけたかと見えたが、またカッキリと白く
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一日一日自分の肉体をむしばむ業病と相対しながら、ただ手をつかねて無為に過すことの苦しさは、隣りの男とでも話をする機会がなければ発狂するの外はないほどのものである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
スポオツでなにもつかみ得なかった悔恨かいこんが、彼の心身をむしばんでいるさまがありありと感ぜられ、外では歓呼の声や旗の波のどよめきがうしおのようにひびいてくるままに、なにかスポオツマンの悲哀ひあい
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それを思うとうんざりした。しまいには、落盤にへしゃがれるか、むしばまれた樹が倒れるように坑夫病よろけで倒れるか、でなければ、親爺のように、ダイナマイトで粉みじんにくだかれてしまうかだ。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
彼は屋敷の前に近づいて、忍ぶように内を覗くと、軒に張り渡された注連縄しめなわが秋風に寂しくゆらいで、見おぼえのある大きい桐の葉がむしばんだように枯れて乾いて、折りおりにかさこそと鳴っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……黄金の毒気にむしばまれた大理石像……
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
へらねたような万年雪のむしばみが、鉛色に冷たく光っている、それから遥かに、雪とも水平線ともつかぬうすい線が、銀色に空を一文字に引いている、露営地にいると、わずか二
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)