茫洋ぼうよう)” の例文
煙突は、白黒に塗り分けられた姿のまま、不透明に白濁した冬の寒空のなかに、いつものとおりただ茫洋ぼうようと無感動にそびえていた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
どこと言って辻褄つじつまの合わんところもないが、それでいて子供の話のようになんとなく茫洋ぼうようとして捕捉し難いところがある。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
指差されたところを注視したけれど、お松としては、やはり茫洋ぼうようたる海の中に置かれたと同様な心持で、さっぱり観念を得ることができないから
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どのようにしてどう飜訳ほんやくしてよいのか、「まことに艫舵ろだなき船の大海に乗出せしが如く、茫洋ぼうようとして寄るべなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり」
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おのれの立っているところを野と思ったのは誤りで、かれは、茫洋ぼうようたる水の上に、さながら柱のごとく、足のうらを水につけて起立しているのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ことに大槻は作家を志望していて、茫洋ぼうようとした研究に乗り出した行一になにか共通した刺激を感じるのだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
まばらになり、やがて、せた灌木となるヤナギの木も姿を消した。あとはまた茫洋ぼうようとしたヨシの草野であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ただあの茫洋ぼうようたる青海原あおうなばらに突き進み、ことに一点の目標もない水平線を越えて行こうとするには、ちょうど最近代の航空も同じように長期の経験と準備と
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こうした刈入時の田舎の自然と、収穫に忙しい労働の人生とが、屋根の上に飛びあがった一羽の鶏の主観の影に、茫洋ぼうようとして意味深く展開されているのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
何事によれ大ざっぱで、人まかせで、大局はよくつかんでいたが、つねに茫洋ぼうようと見える彼だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
艫舵ろかじなき船の大海に乗出せしが如く茫洋ぼうようとして寄るべきなくただあきれにあきれて居たる迄なり云々うんぬん以下の一段に至りては、我々は之を読むごとに、先人の苦心を察し、その剛勇に驚き
蘭学事始再版之序 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
こういう茫洋ぼうようたる女だからめったに思いつめて憎んだりしないが、二人の継娘と私のことだけは憎んだので、こういう女に憎まれては、子供の私がほとほと難渋したのは当然であり
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
描写は茫洋ぼうようとして大海の如きものであれ。そのうちから遠く深く主観の光を認めよ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
むかし石神井しゃくじい川といったその川は、今のように荒川平野へ流れて、荒川へ落ちずに、飛鳥山、道灌山、上野台の丘陵の西側を通って、海の入江に入った。その時には茫洋ぼうようとした大河であった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
石水と云えば、彼には、茫洋ぼうようとした石狩川の流れが見えて来る。そのほとりにあるあぶらぎった処女地も浮んで来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
茫洋ぼうようたる学問の世界においても、なお我々は待つ者の楽しみを味わうことができるのではあるまいか。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
茫洋ぼうようとした大きなもの。神を眼のまえに見るほどの永遠の戦慄せんりつと感動。私は、それを知らせてもらいたいのだ。大げさな身振りでなくともよい。身振りは、小さいほどよい。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
答「御長所ならば、もっとありましょう。尊氏さまのまわりには、つねに大どかな和がありました。ほがらかで茫洋ぼうようで、小さい事にはこだわらず、お気楽で威張ったところが少しもない」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
艫舵ろかじなき船の大海に乗出せしが如く茫洋ぼうようとして寄る可きなく唯あきれにあきれて居たる迄なり云々以下の一段に至りては、我々は之を読む毎に、先人の苦心を察し、其剛勇に驚き、其誠意誠心に感じ
蘭学事始再版序 (新字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
けれども今、あかるい陽の下で見るこの見とおしもかない茫洋ぼうようとした野山はどうしたものであろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ことによったら今のこの茫洋ぼうようたる海島文化の歴史に、一線の光明を投げかける望みもある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「まことに艫舵ろだなき船の大海に乗出せしがごとく、茫洋ぼうようとして寄るべなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり」とでもいうべき状態になってしまう、と言えば少し大袈裟おおげさだが、とにかく多少
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
限りも測り難いような茫洋ぼうようと大いなるものになってしまったか。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)