芳香ほうこう)” の例文
どこからともなく、ヒューンと発電機のうなりに似た音響が聴こえているかと思うと、エーテルのよう芳香ほうこうが、そこら一面にただよっているのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
淡い甘さの澱粉でんぷん質の匂ひに、松脂まつやにらん花を混ぜたやうな熱帯的な芳香ほうこうが私の鼻をうつた。女主人は女中から温まつた皿を取次いで私の前へ置いた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
と、その体から立ちのぼる芳香ほうこうは、自らきおこした風に乗って、いよいよひろまり、一層多くの人びとが立ちどまって、不思議そうに紳士を見詰みつめはじめた。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
朝のが、ゆらゆらとかいのあいだからしてくると、つよい気高けだか香気こうき水蒸気すいじょうきのようにのぼって、ソヨとでも風があれば、恍惚こうこつうばかりな芳香ほうこうはなをうつ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一度繰り返せば雑炊のかなめは、種の芳香ほうこうかゆにたたえて喜ぶこと。熱いのを吹き吹き食べる安心さ。なんとなく気ばらぬくつろぎのうまさなど、今や雑炊の季節ともいいうる。
又は現在、極度に鋭敏になっている彼の嗅覚きゅうかくが、その寝台の方向からほのめいて来るチョコレートのような、牛乳のような、甘い甘い芳香ほうこうに誘われたせいであったかも知れないが……。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
眼の中には、彼女の柔い白い肉体が、人魚のように、なまめかしい媚態びたいを作って、何時までも何時までも、浮んでいた。鼻には、彼女の肉体の持っている芳香ほうこうが、ほのぼのと何時までも、漂っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その手は一生芳香ほうこうを放っていたといわれる。
そしてそれに代って、ひどく鼻をつくのが消毒剤のクレゾール石鹸液の芳香ほうこうだった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いや、この精密度なくして、あの忍耐力のつよい敵兵をたおすことは出来ん。あ、また霊感がいた。おおそうか、この毒瓦斯に芳香ほうこうをつけるのだ。うなぎのかば焼のような芳香をつけるのだ。