くん)” の例文
やがて江戸のまちも花に埋もれやうといふ三月の中旬、廣重の鞠子まりこの繪を見るやうに、空までが桃色にくんじたある日のことでした。
いつも変らぬことながら、お通は追懐の涙をそそぎ、花を手向けて香をくんじ、いますが如く斉眉かしずきて一時余いっときあまりも物語りて、帰宅の道は暗うなりぬ。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腹を開いたくん製の魚などが吊されているとすれば、誰あろうがこの家を、信心深い北海の漁家とみるに相違ない。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
山の朝暉やや黄くん、空は朝焼けの気味。支度して乗鞍へ向う。雪前日よりさらにしまる。輪樏にかえて、天狗原神詞から真直ぐ乗鞍の斜面を登る。尾根に近く雪いよいよ固結。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
木村重成ら決死の出陣に香で身をくんじた人多く、甚だしきは平定文たいらのさだぶみ容姿言語一時に冠絶し「人の妻娘いかいわんや宮仕へ人は、この人に物いはれざるはなくぞありける」(『今昔物語』)。
また、客の身近には、これとて綺羅きらな調度は何一つないが、さすがに上田城三万八千石の城主真田昌幸まさゆきが次男の果て——そこはかとなくくんじる香木のにおいも民間にない種類の名木らしい。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道人どうじんは薄赤い絹を解いて、香炉こうろの煙に一枚ずつ、中の穴銭あなせんくんじたのち、今度はとこに懸けたじくの前へ、丁寧に円い頭を下げた。軸は狩野派かのうはいたらしい、伏羲文王周公孔子ふくぎぶんおうしゅうこうこうしの四大聖人の画像だった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
愛稱ガラツ八の八五郎が、お先煙草を五匁ほどくんじて、鐵瓶てつびんを一パイからつぽにして、さてこんな事を言ひ出すのです。