毿々さんさん)” の例文
醒雪はその時分毿々さんさんたる黒い髯をれて大学生とは思われない風采であった。緑雨は佐々弾正だんじょうと呼んで、「昨日弾正が来たよ、」などとくいったもんだ。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その人はよはひ三十六七と見えて、形癯かたちやせたりとにはあらねど、寒樹の夕空にりて孤なる風情ふぜいひとり負ふ気無げなうるはしくも富める髭髯ひげは、下にはあたりまで毿々さんさんと垂れて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
蒼白あおじろい血色は、帽子の下から左右に垂れている、幾カ月となくり込まない毿々さんさんたる髪の毛と共に、彼の視覚をおかした。彼は自働車の過ぎ去ると同時にきびすめぐらした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雁来紅がんらいこうの葉を食むものは紅髯こうぜん毿々さんさんとして獅子頭の如し。山茶花さざんかを荒すものは軍勢の整列するが如く葉裏に密生し其毛風に従って吹散ふきさんじ人を害す。園丁えんていも亦恐れて近づかず。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は幕府を経由せずして、皇家と直接の関係を有したり。彼は京都に藩邸を置くの特許を得たり。彼は三条橋上を、白毛毿々さんさんたる長槍をにない、儀衛ぎえい堂々、横行濶歩かっぽして練り行くの特権を有したり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ちょうにして尽きた柳の木立こだちを風の如くにけ抜けたものを見ると、鍛え上げたはがねよろいに満身の日光を浴びて、同じかぶと鉢金はちがねよりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみ毿々さんさんと靡かしている。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
東都柳原やなぎわらの土手には神田川の流に臨んで、筋違すじかい見附みつけから浅草あさくさ見附に至るまで毿々さんさんとして柳が生茂おいしげっていたが、東京に改められると間もなく堤は取崩されて今見る如き赤煉瓦の長屋に変ってしまった。