歎願たんがん)” の例文
河野は、私の無言の歎願たんがんれて、私の嘘と口を合せてくれました。それを聞いて私はやっと胸のつかえがおりた様に思ったことです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だがこの日はいつもより悲しかった、全校生徒の歎願たんがんがあったにかかわらず久保井校長の転任をひるがえすことができなかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
積雪をってみぎわまで走って行き、そろそろ帰り支度をはじめている漁師たちの腕をつかんで、たのむ、もういちど、と眼つきをかえて歎願たんがんする。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
云わば新たに、死ぬべき場所を捜さねばならぬ場合に立ちいたっていた。——「頓首とんしゅ再拝つつしんで歎願たんがん奉り候」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ナオミの表情はにわかに変り、その声の調子は哀訴にふるえ、その眼の縁には涙をさめざめとたたえながら、ぺったりそこへひざまずいて歎願たんがんするように私の顔を仰ぎ視ました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日頃罪人一同の喰物くいものの頭をね、あまつさねんに二度か三度のお祭日まつりび娑婆飯しゃばめしをくれません、余り無慈悲な扱いゆえ、三人の総代を立てゝ只管ひたすら歎願たんがんいたしました処が、聞入れないのみか
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いつ現われたのか、今福西枝が彼猫々の前に現われての歎願たんがんであったのであった。
窓と云う窓はいつまで待っても、だらりと下った窓かけのうしろに家々の秘密を封じている。保吉はとうとう待ち遠しさに堪えかね、ランプの具合などを気にしていた父へ歎願たんがんするように話しかけた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、急にそのとき腹痛が起り、どうしても今日だけはゆるして貰いたいと栖方は歎願たんがんした。軍では時日を変更することは出来ない。そこで、その日は栖方を除いたものだけで試験飛行を実行した。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼は自分が『歎願たんがん』しそうだということを感じた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「本当にもう、帰ってくれ。その顔を二度とふたたび見せてくれるな。」と力無い声で歎願たんがんした。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
顔色を変えてカンカン寅の留守宅へ行って、いままでの事情を話すと共に、この際是非に融通ゆうずうを頼むと歎願たんがんをした。しかし留守を預る人達は、老人の話を鼻であしらって追いかえした。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆうべの激動のために、病人みたいに青ざめている蘭子が、ねこ魅入みいられた小鼠こねずみかなんぞのように、縮みあがってしまって、キョロキョロと定まらぬ視線で、あたりを見まわしながら、歎願たんがんした。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とにかく、彼は機嫌を直したことにして、座席に座った。ボジャック氏は、どうか彼の素姓すじょうについては内密に願うと、くどくどと歎願たんがんしたのち、ずっと後方にあるという彼の座席へ帰っていった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
司会者は、早口ながら、なか歎願たんがんし、半ば命令するようにいった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)