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月光
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つきかげ
信吾は五六歩歩いて、
思切悪気に立留つた。そして
矢張振返つた。目は、淡く
月光を浴びた智恵子の横顔を見てゐる。コツ/\と
杖の
尖で下駄の鼻を叩いた。
空に
照つてゐる
秋の
夜の
月。その
月光のさしてゐる
空を
遠方からやつて
來た
雁が、
列をなして
鳴きとほつて
行く。こんな
晩には、
一しょに
親しむ
友だちの
訪問が
待たれる。
月光ははやもさめざめ……涙さめざめ……
淡い夜霧が田畑の上に動くともなく流れて、
月光が柔かに
湿うてゐる。夏もまだ深からぬ夜の甘さが、草木の魂を
蕩かして、
天地は限りなき
静寂の夢を
罩めた。
新しき
月光の
沈丁に
沁みも
冷ゆれば
路は小い
杜に入つて、
月光を
遮つた青葉が風もなく、
四辺を
香はした。